【515】 海鮮料理店の送迎バス「まぐろ号」(゜o゜)

市役所へ用事があって歩いていたら、某海鮮料理店の駐車場に送迎用のマイクロバスが停まっていました 「まぐろ号」という名前がついています。ほかにも魚介類の名前が付いたバスもあるんでしょうか? それにしても、乗り物に名前をつけるなら「まぐろ号」ではなく、たとえば「伊勢エビ号」とか「かつお号」のように、他の魚介類にしたほうがいい。 「まぐろ」の刺身は自分も大好きですが、「まぐろ号」という乗り物のイメージは、鉄道関係者の方に言わせると、きっといい印象を持たないと思うのですが・・・・ 自分も、11年間の乗務員生活中には乗務列車がマグロ号に変身(T_T)???…実際そういうことがありました。 何のことかわからない方は検索サイトで、「マグロ 鉄道」で検索していただければ、知りたくもないことがわかるはず。そういえば裁判員裁判で、裁判員を務めた女性が、被害者の遺体の写真を見て急性ストレス障害と診断され、国家賠償訴訟を起こしておられると以前報道されたことがありました。私らは写真じゃなくて現場そのものを予告なしに見るわけですから、このバス見ただけで、思い出さなくてもいいことを思い出してしまうんですよね。 やっぱし、このバスには乗りたくない~ 事故起こしゃしないか心配・・・名前変えてよって余計なお世話か?

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【514】 続 きかんしゃトーマスの家

こんにちは またおじゃましま~す いらっしゃいませ たくさんのお荷物ですねぇ どうぞ、お掛けください(^_^)/ 今日も暑いですね。でも風が入るから、今日は扇風機でガマンしてください。 まあ、暑気払いに一杯やりましょうかね。 え? やっぱり扇風機だけじゃあ暑いですか… わし、寒がりだもんでね、エアコンはあんまり使わないんですよ。 それじゃあ、これも併用してガマンしてくださいよ。  あ!蚊がおるわ! そうですか? うちでは蚊はほとんど見ないんですけど… じゃあ、蚊取り線香焚きましょう ン? どこに蚊取り線香が…? おや?煙突から煙が・・・ ここに蚊取り線香を入れるわけです。 あいかわらず、お宅って変な家ですねえ あ、もう帰らなくちゃ すいませんでしたねえ、居心地がわるい家で… 皆様、残暑お見舞い申し上げます。 8月もあと一週間を残すだけになりました。連日猛暑が続いたと思えば、大雨が降ったり不安定な天候ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。残暑厳しき折、どうぞご自愛くださいますようお願い申し上げます。 また、今回の大雨で被災された方にお見舞い申し上げます。 ●今回の記事は【442】 きかんしゃトーマスの家の続編になります。来週以降は従来どおり月曜日は国鉄在職中の内容に戻しますので、あらかじめご承知おきください。

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【513】 20年ぶりの大井川鐵道と41年前の蒸機

前回は機関車トーマスのお話をしました。このときも青春18きっぷを買って家内と2人、東海道本線の上り列車に乗っての往復でした。 今回は、そのときのきかんしゃトーマス以外のことを中心に、トーマス運転についても補足を少し語ってまいります。 金谷駅で乗り換え、一区間だけ大井川鐵道に乗って新金谷で降りると、ホームの反対側の線路にはきかんしゃトーマス号の前を走るC11190が牽くSL列車がすでに据え付けられていました。この機関車は静態保存から甦って大井川にデビューしてから10年以上たっていますが、私は約20年ぶりの訪問ですから、C11190とは初めての対面でした。熊本機関区時代にお召列車を牽引したころの装飾で、緑色のナンバープレートとサイドタンクの上下に取り付けられたステンレスの帯が凛々しい1台といえます。私は41年前に熊本へ行ったことがあります。そのときC11190は熊本機関区に配属されていたはずですが、あいにく出会えませんでした。しかしC11190とともに三角線でお召列車を牽いたことがあるC1161には遭遇しました。その頃には熊本止まりの列車を、車両基地がある川尻まで回送する列車には、C11が使われていたのでした。 画像はそのとき見た14系客車特急あかつきの回送列車を牽くC1161です。C11190のステンレス帯とおなじようにサイドタンクの上下に白線(あるいはステンレス帯の上に白を塗った?)が入れられています。画像ではわかりませんが、ナンバープレートは緑色で、その日新金谷でC11190を見た瞬間…

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【512】 大井川鐵道のきかんしゃトーマス♪

いい歳をしたオッサンが、恥ずかしくもなく「きかんしゃトーマス」に会ってまいりました。 もっとも乗るつもりはなく、というより満席で乗れるような状況ではありませんでしたので、ちょっと見てきただけです。 約20年ぶりに降りた東海道本線金谷駅。「きかんしゃトーマス」の運転を告げる看板がありました。 しかし「きかんしゃトーマス」を含むSL列車は、金谷駅の一つ先の駅である新金谷始発です。この駅には来ませんから、大井川鐵道の電車に乗り換えなければなりません。新金谷駅まで乗って、トーマス号の前に発車するSLなどの写真を撮ったりしていました。先発のSL列車が出て行くと、駅を取り巻く柵にへばりつくようにして、たくさんの人たちが待つなか、きかんしゃトーマスが長い客車を牽いて登場し、プラットホームわきに据え付けられました。 その正体は、みごとにトーマスになりきったC11227です。じつに雰囲気をよく伝えていますが、そうは言ってみても、気になるところは気になるものです。参考としてNゲージ模型のトーマスと、トーマスに扮しているC11を並べてみましょう。 一見してC11よりもトーマスの車長がかなり短いことがわかります。全体のシルエットも、ヒトコブラクダとフタコブラクダみたいな違いがあって、C11は間延びした感じがします。C11にとって、イギリス人のトーマスを演じるにはそれなりの難しさがあったことを鉄道好きなら感じるところでしょう。 トーマスは、インサイドシリンダ式の機関車ですので、横から見ると3つの動輪を結んで…

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【511】 スチール棚の企画展1:国鉄時代に東海道本線を走った列車(5)

先日、旧棺桶レイアウト跡地にスチール棚の一段を利用した模型展示スペースを造ったことをお伝えしたところですが、ここに手持ちの編成モノを並べてみました。 これからは、無秩序に車両群を並べるのではなく、何かひとつのテーマを持った展示にしたいと思います。そこで、完成第1回目のテーマは 「国鉄時代に東海道本線を走った列車」 としました。 それでは、「国鉄時代に東海道本線を走った列車 第五回目」は、これまで紹介した残り…といってよくなければ、昭和50年代以降の国鉄凋落期(=私の国鉄在職期間)も活躍していた普段着の東海道本線の列車群を… *************************** 117系電車・荷物電車付111系電車・EF60一般貨物列車 空気のようにいつでも見られたこれらの列車も、今ではその数を減らしていたり、すでに過去のものになっていたりします。 80系電車は準急用としても使用され、急行用153系に発展しました。近郊輸送用としては70系の発展形111系に分流する形で引き継がれました。153系と東海道用の111系は湘南色を継承し、70系から継承された横須賀色とともに、長く国鉄時代の直流電車の装いとして定着しました。一部の電車列車は荷物郵便輸送のクモユニやクモユ、クモニを併結していました。3ドアが国鉄の普通列車の標準になって、2ドアが当たり前の客車列車に代わってゆき、111系は113系に発展し、それが全国に広まっていきました。 そんな近郊形の常識を破ることに…

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【510】 中央本線で原田泰治美術館へ

7月から災害で不通だった中央西線。関係者のお力で先週8月6日に復旧し平常ダイヤに戻りました。この不通期間中に、代行バスを介して青春18きっぷを使って信州へ行ってまいりました。 通常は中央西線松本行の下り列車。坂下~野尻間がバスによる代行運転になっているため、この日は坂下行に変わっていました。電車は坂下駅では待避や折り返しに使われる中線に到着。隣の線路は下り本線ですが、錆びついています。ここからバスに乗り換えました。 (代行バスの様子については、【508】中央西線の代行バスをご覧ください。) 代行バスから、この先の列車に乗継ぐ野尻駅。 いつも列車で通り過ぎるばかりで、こういうことでもないかぎり利用することはない駅です。自分は中山道歩きの際に歩いて立ち寄って以来9年ぶりの訪問でした。駅裏には木曾ヒノキの貯木場が健在で、トラックへの積み込み作業をしているのが、プラットホームから眺められました。代行バス区間で1時間以上のタイムロスになりましたので、ここから乗継ぐ列車は通常ダイヤ上の1本あとの列車になってしまいます。それでも、こうして移動ができることに感謝すべきです。 野尻駅では、上下線相互に進入進出可能で、通常も列車の待避に使われる下り1番線が使用されていました。この駅での折返し列車は国鉄時代80系電車だったころに、毎朝ありました。ただしそれは名古屋方面からの折返しでした。 ( 【409】給料袋の中にあった「国鉄」に、その列車の編成を伝える資料の一部を撮影した画像があります。) …

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【509】 スチール棚の企画展1:国鉄時代に東海道本線を走った列車(4)

先日、旧棺桶レイアウト跡地にスチール棚の一段を利用した模型展示スペースを造ったことをお伝えしたところですが、ここに手持ちの編成モノを並べてみました。 これからは、無秩序に車両群を並べるのではなく、何かひとつのテーマを持った展示にしたいと思います。そこで、完成第1回目のテーマは 「国鉄時代に東海道本線を走った列車」 としました。 それでは、「国鉄時代に東海道本線を走った列車 第四回目」は、この中から高速貨物特急と湘南電車80系電車・165系急行電車を… *************************** EF66牽引レサ10000系鮮魚特急「とびうお」・湘南電車80系・165系急行電車 昭和40年代、東海道新幹線が開通後には貨物列車の比率が増し、時速100キロで走る高速貨物列車が誕生しました。重連にすることなく高速運転に耐えうる機関車がEF66。そして貨車の方は重装備のブレーキ系統を持った10000系でした。10000系貨車には、有蓋車(ワキ)とコンテナ車(コキ・コキフ)もありましたが、いちばん目立ったのが、鮮魚専用特急「とびうお」で、白い冷蔵車(レサ・レムフ)を連ねた編成でした。水分塩分を含んだ積荷のために車体の腐食がひどく、最末期にはコンテナによる輸送に切り替えられてしまいましたが、ストライキ中でも、この列車と修学旅行列車は対象から除外されて走っていたと記憶します。 さらに昭和20年代に遡り、私が生まれる前のことになりますが、「長距離列車は機関車が牽く…

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【508】 中央西線の代行バス

中央西線は、この記事をアップした2014年8月4日5時50分現在において、去る7月9日に起きた南木曽~十二兼間の土石流による橋梁流失と土砂流入によって不通になっていますが、JR東海から8月6日(水)の運転再開を目指しているとの発表がされています。この間、関係者の方々のご苦労ははかり知れないものとお察しします。 今回の災害による代替輸送策として、7月14日から不通区間をはさむ坂下~野尻間を結ぶ代行バスが運行されています。 先週、青春18きっぷで家内と2人で信州へ往復する機会があり、その代行バスに乗りました。代行バス区間は営業キロにして18.1㎞で、木曽谷を通り抜けるのには、通常より1時間程度よけいに時間がかかりますが、代行バスに乗ることも旅の目的の一つにしてしまえば苦にはなりません。今回はその日の代行バスについて書いてみました。 私どもが乗ったのは、通常神領始発松本行の下り列車でしたが、坂下駅で終点となりました。駅前にいた案内係員の誘導で、乗客は駅前に停まっている2台のバスに乗るよう案内されましたが、乗換客は十数人程度で、誰もが前の人につられるように目の前に止まっている1台目のバスに乗り込んでいきました。私どもはその様子を見て、空いている方がよかろうと、その後ろに続いて停まっているもう1台のバスに乗ってみると、運転手のほかには野尻以北の列車に乗務するための便乗と思われるJRの乗務員氏1人だけしかいませんでした。先ほどの案内係員氏が乗りこみ、「次は田立駅です」と肉声で私どものほかに乗客が…

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