【800】 800回めを迎えました~私は犬じゃなくてフリーきっぷを買いたい

拙ブログ開設から7年。この記事が800回めになりました。 長らく、ご覧いただいた皆様には厚くお礼申し上げます。 800回を記念しての企画は「800円」としました。800円を支払って私がこれまでしてきたことや買ったものなどを振り返ります。 以前、といっても8年も前ですが、ソフトバンクのCMで、 「安いお弁当選んで買ってみても490円。でも味噌汁付かない。  ホワイト学割は学生も家族も基本料金490円。でも味噌汁付かない。」 というのがありました。800円でできることはけっこう限られますが、昔はNゲージの客車が買えたりしました。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 国鉄が分割民営化された1987年のKATOのカタログそのものが800円でした。そのカタログによれば、 「20系カニ21買ったら800円。でもテールライト点かない」↓ ↑ちょっと遡って国鉄があったころの1982年のTOMIXのカタログは500円。そのカタログによれば、 「583系モハネ583買ったら800円。でも動力付かない。」 私がNゲージ模型で関水金属20系旧製品を買ったのは、それよりもっと前、中学生時代で700円でした。国鉄在職中はほとんどNゲージには手を出さず、退職後の1988年頃から再開しましたが、すでに市場にはTOMIXの583系旧製品はなく、ずいぶん探し回って、目にしたのは学研の「動力付いてるモハネ583」の不良在庫品だけでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~…

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【799】 閑話3-3…持っていた切符によって精算金額が違うのか!~昭和57年夏

(内容はフィクションであり、登場人物はすべて架空のものです。) 10時04分に名古屋を発車した普通列車亀山行に乗った6人、さんざん国鉄と車掌に対して内輪で悪口を言い放題でしたが、八田を出てしばらくしてから、やっと車掌が乗務員室から切符とお釣りを持って出てきました。 「たいへんお待たせして申し訳ございませんでした。全部で840円です。1000円お預かりしましたから。160円のお釣りです。」 亀島さん 「さっき、一人180円と聞いたけど、間違いか? 6人で840円ちゅうことは、え~と・・・・一人140円が正しかったわけやないか。ちゃんと仕事せんか。何年車掌やっとる!」 「はい、お客様が名古屋駅の入場券を出されましたので、お連れの方も全員名古屋からお乗りかと思ったものですので…。ところが名古屋までお持ちの切符がそれぞれ違っていましたので、個々に計算させていただきましたら、合計額が840円になりましたが、運賃はお一人ずつ違ってきまして…お一人様だけ追加の運賃も発生しませんでしたし…。」 そう言って、釣銭160円と手書きで書きこんだ車内補充券を6枚亀島さんに渡しました。 前回最後のところは、以上のような場面でした。 車掌から乗車券類を購入すると車内補充券で発行される場合が多いです。下は、自由席特急券の乗り越し差額を収受した例で、車内で遭遇するさまざまな精算に対応できる様式になっています。 あとの5人は、亀島さんの手元の6枚の切符を覗き込みます。 下の画像は、車内補充券の上半分…

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【798】 閑話3-2…乗車変更します~昭和57年夏

(内容はフィクションであり、登場人物はすべて架空のものです。) 前回の続きです。 いちばん早く、中央西線の普通列車で集合場所である国鉄名古屋駅新幹線南乗換改札口に着いて、在来線側改札内で立ち話をしている南木曽さんと今池さん。9時34分に着いたので、10時の集合時刻まで時間があります。 今池さんが、 「ここは暑いなあ。クーラーもないんやなあ・・・木曽は涼しいんやろ?」 南木曽さんが、 「朝晩はね。でも昼間は暑いぞ。それにしても中央線って、相変わらず冷房ないんやな。国鉄はサービス悪いなあ。」 この新幹線南乗換改札口の在来線側の壁面には、在来線各線の時刻表が掲示されていました。 「この時刻表見てみい。関西線の汽車少ないやらぁ… みんな近鉄に乗るに決まっとるわなあ」 たしかに関西本線の列車本数は他の在来線より少なかったですが、この年の5月関西本線は名古屋・亀山間の電化が完成したことによって時刻改正があって、普通列車が増発されたばかりでした。と言っても日中の普通列車は1時間に1本程度です。 2人が時刻表を眺めていると、 10:00 特急 南紀1号 紀伊勝浦  11番線 10:04 普通      亀 山  13番線 と表示されています。 今池さんが、 「そういえば“えいわくん”が言っとったけど、5月に関西線が電化されて本数が増えたらしいし、冷房車があるらしいぞ。ちょうど10時04分のがあるな。」 そこで南木曽さんが 「関西線か。3年前、1回だけ“えいわく…

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【797】 閑話3-1…名古屋へ集合!~昭和57年夏

(内容はフィクションであり、登場人物はすべて架空のものです。3回の連載で完結します。) 時は1982年、まだ国鉄があったころのことです。この年は東北新幹線の大宮~盛岡間が開業した年に当たります。 名古屋市内に本社がある会社員の仲良し同期生7人が、何年ぶりかに集まることになりました。この会社に就職して名古屋市内の研修施設で3か月の寮生活をしていたのは10年前のこと。このとき各人は会社でのそれなりの役職に就いて分散配置されていました。この会社には京都支社があって、その7人のなかには京都に転勤して、そのまま関西地方で家庭を持った者がいるかと思えば、家の都合で若くして退職し、長野県南部の実家で家業を継いでいる者もいました。 7人が集まる先は、愛知県海部郡佐屋町(現愛西市)にある富吉永和(とみよし ながかず)さんの家でした。富吉永和さんは、みんなから「えいわくん」と皆に呼ばれていて、「えいわくん・えいわくん・あんたはどうでもえいわくん」などと親しく呼ばれるだけあって、気さくな性分で、この時も「おい!みんなで集まるぞ!うちへ来い」と誘ったのでした。富吉永和さんの家の最寄り下車駅は近鉄名古屋線富吉駅です。 各地から集まる6人は名古屋駅の新幹線南乗換改札口付近に10時に待ち合わせて、一緒に近鉄乗換改札を通って近鉄に乗り換えることにしました。京都から新幹線で参加するのは、小倉さん、北大路さん、二条さんの3人で、京都9時05分発の東京行「ひかり32号」に乗ることにしました。この列車に乗れば名古…

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【796】 模型…その実車の現役時代(7):トラ90000

発売時期が延期に延期を重ね、やっと4月にK社からトラ90000が発売されました。 実車は製紙パルプ原料である木材チップ輸送用に特化した無蓋車で、トラ23000とトラ35000からの改造車でした。既存のアオリ戸と妻板の上部を黄緑色の金網で囲ったかご状の部分が、模型でどのように表現されるのかが関心事でした。 模型は積車状態が表現され、上部にシートが掛けられた状態になっていました。かご部分は全部軟質プラ製で、骨組みの枠部分に別パーツの金網部分を窓ガラスパーツのように嵌め込む構造で、細かい金網は印刷による表現のように見えます。 同車の現役時代に、こうした貨車の形式写真などを意識して撮影したことがなかったので、そのころの実態をきちんとお伝えできないのですが、積荷の圧力で金網部分が膨れていたりしました。また、金網が破れて当て布をするように補修されている箇所があったりしました。 そうとうに細かかった網目の表現は難しいと思いますが、金網を押さえている格子状の枠の表現に、もっと凹凸を強調して欲しかったとも思います。 それと、ユーザー側の対応として、積車状態を表現しているのに上部に掛けられたシートを固定するために幾本も車体に掛けられていたロープ表現がないので、細い糸を車体に巻き付けるのも一興でしょう。実際には垂直にロープが張られていたようですから正しくないかもしれませんが、ためしに細いミシン糸を使ってロープを表現してみました。あくまでも、個人的な嗜好の問題ですが、この模型のようにスッキリ整った姿は、…

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【795】 模型…その実車の現役時代(6):キロハ25

タイトルを「模型…その実車の現役時代」として、シリーズ記事の継続という形をとりましたが、、キロハ25が現役だったころのことを私はあまり知りませんので、「看板に偽りあり」とも言える内容です。一応、資料でカバーしましたが、あらかじめご承知おき願います。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ キロハ25は、マイナーな印象の気動車で、キハ55系に属する準急用1・2等座席車として誕生しました。しかし趣味的に見ると興味深い車両で、キハ55系の1エンジン車であるキロ25とキハ26を中央で2つに切ってつなげたような車体でした。1等車の需要があまり多くない線区での使用を想定したものだったと考えられ、その活躍場所は限られていたものと想像します。 製造初年は1958年で、1等室部分が1段窓なのに対し、2等室部分の窓は上段Hゴム固定の2段窓(いわゆるバス窓)になっていますが、1960年以降に増備された後期グループは、2等室部分の窓も1等室同様に1段窓に変更されています。その後期グループはすでに模型化されていますが、増備車の実車を見たことはありませんでした。 先月模型で発売されたのは、1958年製造の2等室部分の窓がバス窓のタイプです。個性的な外観は、小学生だった私の記憶にも残っています。実車を見たのは午後の名古屋駅で、自分が乗る中央西線の下り列車が発車するまでの間に関西本線のホームに停車していました。おそらく急行「かすが」ではなかったかと思います。外部色は、この模型と同じ旧急行…

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【794】 キハ91の模型から実車のディテールを知る

自分が馴染んだ車両の模型を買うことが多い私は、その車両の特徴が表現されていれば納得し、そうでないとがっかりします。3月末にK社から発売された「キハ91系急行きそ8両セット」は、その逆で、模型から実車の特異な部分や、先行試作車と量産試作車の差異を知ることになりました。 「キハ91系急行きそ8両セット」は、馴染んだ車両には違いないのですが、なにぶんにも短命な車両で、廃車後相当年月が経ち、活躍した期間も、自分の小学生~高校生時代であったことで、雑誌に書かれた解説など文章で得られた知識も、実際に見たり乗ったりして納得したわけでもない部分が多い車両でした。 今回製品化されたのは、先行試作車キハ90 1のエンジンと変速機を換装改造したキハ91 9と、量産試作車キハ91 2,3,4,5,6,7に、キサロ90 2を加えた8両です。キサロ90 2は冷房車ですが、製品化されたキハ91は全車非冷房車です。左がキハ91 9です。運転室窓ガラスの独特な形状で、その上端部は青い色付き。 客用ドア付近の塗装の違いも的確に表現されていました。 ジャンパ連結器はユーザー取付の別パーツでしたが、全体が赤い軟質プラ素材で、あまりに目立ちすぎましたので、ケーブル部分を黒色油性ペンで着色したら落ち着きました。 (密着自動連結器の下に付属する電気連結器パーツは中間車では運転に支障する可能性があるので、キハ91 9には取り付けていません。)屋根上にあるラジエター先端部にある、日本髪でアップにしたような円弧状の飾りグリルの形状も作り…

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【793】 乗り鉄12か月…1995年5月 中央~八高~信越~篠ノ井線

これまで5月には、あまり遠出をしていない。連休を利用してあちこち行かれる方は多いだろうと思うが、私は混雑が大嫌いなので連休はなるべく出かけないようにしている。そして人事異動で仕事にならなかった4月と連休で遅れてしまった仕事に本格的に取り組めるのが5月の連休明けであるから、仕事モードになりがちで休みづらい時期でもあった。この1995年も転勤があった年で、私は初めて経験する職種に、その転勤先で取り掛かったばかりで戸惑っていた。それでも出かける気になったのは、それなりの理由があった。国鉄から転職した直後に上司だった方が、JR東日本の株主だったらしく、この人から、まだ上場して間もないころで珍しかったJR東日本の株主優待券を2枚いただいたのが動機と言えば動機である。自分の趣味を公表しておけば、こういうこともある。その有効期限が迫っていたので、5月中になんとしても使ってしまおうと思っていた。 優待割引券が使用できるのは、当然にJR東日本管内線区だけである。どうせなら一筆書きの片道乗車券で何日もかかって東北地方の未乗線区を乗りつぶすのが理想かもしれないが、あいにく前述のような状況で仕事を休むわけにはいかないので、日曜日の日帰りにして、未乗だった八高線の一部区間に乗車することと、2年後に控えていた信越本線横川=軽井沢間の廃止前の乗り納めをすることを主な目的として出かけた。 高蔵寺5:59―(825M)―8:34塩尻 乗車駅高蔵寺で、JR東日本との境界駅塩尻までのJR東海区間の往復乗車券を買ってか…

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【792】 撮り鉄12か月…1985年5月「白糸川橋梁・玉川橋梁・伊豆多賀」

毎月1回第1月曜日に、その月に行った撮り鉄の話を、そしてその週の木曜日には、その月に行った乗り鉄の話をアップしています。 今回は、今から32年前の1985年5月17日~18日に東海道本線と伊東線に行ったときのことを振り返ってみます。 ******************** このころはまだ国鉄時代で、私は専務車掌になってからちょうど1年経った頃でした。 根府川駅付近にある白糸川橋梁で、EF66牽引の下り「さくら」 この年3月に行われたダイヤ改正で九州ブルトレ「はやぶさ」へロビーカーが連結されるようになって、それに伴って東海道・山陽本線内の九州ブルトレの牽引機がEF65PFからEF66形に変更されました。今でこそ九州ブルトレの主たる牽引機EF66はあったことに違和感を持つことなどありませんが、それまでEF66は高速貨物用であって定期旅客列車を牽くことになろうとは思っていませんでした。でも同時にブルートレインを牽かせてみたいと誰もが思っていた機関車で、それが現実になったことにはかなりのインパクトがあって、車掌区に何人かいた鉄分多めの人たちの間でも話題になりました。 続いて、EF62牽引の下り荷物列車(荷35)です。 このEF62にしても、この前年に信越本線から東海道・山陽本線の荷物列車用に転用され、これも想定外のできごとでした。このころが荷物列車の最終末期で、編成はマニ44などのパレット輸送が主流になって、貨物列車のようにも見えます。そしてこの翌年11月に荷物列車自体が…

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【791】 「土岐市駅(土岐津駅)昭和の風景」と「さわやかウォーキング」

★こちらは臨時増便記事になります。毎月1回第1月曜日に、定例でアップしております「撮り鉄12か月」の5月号記事は、「時刻変更」しております。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 先日、土岐市駅に行ったところ、駅舎の2階にある「土岐市郷土物産陳列所(観光案内所)」で、古い土岐市駅の写真が展示されていました。 <2018年3月31日 追記> 「土岐市郷土物産陳列所(観光案内所)」は2018年3月31日閉鎖されました。 4月29日から5月7日(5月1日は休館日)までの展示とされています。 展示期間を一週間程度延長されるとのことです。(毎月曜日は休館) ここは、陶磁器の常設展示・販売と、土岐市の観光パンフレットがおいてあるスペースですが、その奥の壁面に写真が展示してあります↓ そのほか、上の画面奥(白い壁面の左)には「中央線を駆け抜けた昭和の列車たち」と題された中央西線内で撮影された国鉄形車両を中心とした列車の写真もありました。 ※関係者の方には撮影・公開について許可をいただいています。 5月4日には土岐市駅スタートで「さわやかウォーキング」が行われますので、もしお出かけの方がおられましたら、帰りの列車待ちのときにでも立ち寄られてはいかがでしょうか。 私は「さわやかウォーキング」には先週参加したばかりなので、今回はコースに鉄分がないし、どうするか…  ちなみに土岐市スタートの「さわやかウォーキング」には10年前に1回だけ…

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