【802】 撮り鉄12か月…1987年6月「篠ノ井線のEF55」
毎月1回第1月曜日に、その月に行った撮り鉄の話を、そしてその週の木曜日には、その月に行った乗り鉄の話をアップしています。 今回は30年前の1987年6月6~7日にEF55が臨時運転された篠ノ井線に行ったときのことを振り返ってみます。
30年前ということは、国鉄が分割民営化された年で、いつもの車掌仲間で出かけています。私は車掌の仕事から離れて2か月少々、仕事が変わったこと以外に転居もしたので、日々の生活が大きく変わった時期でした。こういう催しに誘っていただき、大いに気分転換になった2日間でした。このEF55は、その前年(1986年)に国鉄で車籍が復活したばかりで、それを引き継いだ新生JRにしても、こうしてEF55を各地で運転することで、従来のわるい国鉄のイメージを払拭して民営化されたことによるイメージアップをはかるとともに増収を企図したものだったのでしょう。
第一日目(6月6日)は塩尻~広丘間で撮影
先頭字幕が「回送」となっていたので、団臨関係の回送列車だと思われます。JR西日本167系の12両編成↓
本命のEF55ファミリー号 9533列車↑
19M あずさ19号↓
2523M 快速かもしか3号↑
飯田発と茅野発の4両ずつを岡谷で併結した快速長野行。松本から急行になります。
この2日間に、EF55は長野を起点にして塩尻と黒姫とを1日に各1往復しました。
編成は「EF55+旧形客車5両+EF64」で、流線形のEF55を常に先頭にするため、上りで塩尻到着後は編成を…