【866】 土岐津駅建設記念碑

昨年春と秋の「さわやかウォーキング」開催に合わせて、土岐市駅2階にあった「土岐市郷土物産陳列所(観光案内所)」で「中央線を駆け抜けた昭和の列車たち」と称して私が撮影した列車の写真を十数枚程度展示したことを以前に書きましたが、その会場「土岐市郷土物産陳列所(観光案内所)」が、本日3月31日をもって閉鎖されました。 土岐市駅は現行の駅舎に改築されてから今年で50周年ということもあって、メイン展示である昔の土岐市駅の写真に付随して、私が国鉄時代に撮影した中央西線の列車の写真を昨年秋の内容のままで展示させていただいていましたが、閉鎖前日の3月30日に撤収いたしました。 ご来場いただいた方々には、お礼申し上げます _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 3月30日には撤収のために現地へ出向きました。 実はその直前に、「土岐津駅建設記念碑」なるものが土岐市内に存在することを偶然知りましたので、ぜひ見たいと思いました。「土岐津駅」とは、現在の土岐市駅の旧称で、1965年に現行駅名に改称されています。 こういう記念碑は、ふつうは駅構内にありそうなものですが、「久尻山にある」という情報しか得られませんでしたので、撤収を後回しにして、その「土岐市郷土物産陳列所(観光案内所)」で管理と観光スポット案内など担当しておられたWさんに場所を尋ねてみました。正直言って、観光スポットでもないそんな場所はわからないだろうという気もしていたのですが、さすがにプロで、待つことも…

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【865】 コカ・コーラ ラッピング電車

先日、信州に行く機会があり、復刻デビューしたばかりのコカ・コーララッピング電車を見ることができました。 コカ・コーラレッドに塗装されたのは、しなの鉄道の115系電車3両編成で、資金調達はクラウドファンディングによったとのこと。しなの鉄道では、これまで「湘南色」・「横須賀色」・「初代長野色」の復刻塗装を実施していましたし、改造による「観光列車ろくもん」と在来の「しなの鉄道色」・「長野色」も含めれば、そのカラーバリエーションが7種も楽しめることとなり、「乗ってよし撮ってよし」の鉄道になりました。 このコカ・コーララッピング電車は、国鉄が分割民営化された直後の1987年からJR東日本長野支社で広告電車として塗り替えられていた1編成の復刻塗装車です。私もそのころ、雑誌で真っ赤な交流電車のようにも見える外観写真を見て、信州に行ったらぜひ見たいと思っていたのですが、偶然に自分が乗っている列車と高速で行き違った赤い車体が瞼に一瞬映っただけで、画像に残すことはできませんでした。約3年間の広告契約期間が過ぎた後は、当時の長野地区の115系の標準色であった「初代長野色」に塗り替えられたということですが、今回復刻塗装されたのは、その編成そのものだそうです。 実車の塗装が変わって20年も経った2010年になって、TOMIXからNゲージのコカ・コーラ塗装115系電車が発売されました。さすがに忘れ去られたような時期には売れなかったのか、たまたま行った量販店で店頭在庫整理とかで、半額投げ売り状態だったので買っ…

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【864】 地味ぃ~な国鉄の形見たち

鉄道趣味とは、ほんとうに幅広い分野に広がっているものです。その中に収集鉄と言われる分野があって、鉄道グッズを収集している方も多いです。対象物はさまざまですが、ここでは、人があまり見向きもしないような不人気なものを選んで?、国鉄関係の収集物をいくつかお目に掛けましょう。 *********************** 下敷きと貨物関係のパンフレット 「楽しい旅は国鉄で」…トレインマークなどが付いた下敷きは以前にも掲載していますし、特に地味ではありませんが、「地域間急行」は貨物輸送にお詳しい一部の方だけしか、ご存じないように思えます。「地域間急行」とは、国鉄の貨物列車にあった列車区分でしたが、私が貨物列車の列車掛になる前年1978年10月のダイヤ改正で快速貨物に統合されて廃止されています。 *********************** JNRのシンボルマークと国鉄名古屋の文字、そして貨物輸送の主役だった電気機関車たち。 EF64、EF60、EF65F、EF66  「輸送のコストダウンに取り組む国鉄」か・・・ 「発着時刻表」とありますが旅客列車の時刻ではありません。 国鉄コンテナ「戸口から戸口へ」のロゴも懐かしい。 これらは、たぶん駅に備え付けてあったもので、子供のころに持ってきたものがほとんどですが、父が職場で管理職から販促用のパンフレットを、「汽車好きな子供に持っていってやれ」と言われ、頂戴したものが含まれているかもしれません。父の職場では、息子が鉄道好…

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【863】 飯山線

3月初旬に長野~(しなの鉄道北しなの線)~豊野~(JR東日本飯山線)~十日町間に家内と2人で往復乗車してきた。例によって十日町に用があったわけではなく、雪解け前に車窓からの雪見をしたいと思っただけのことで、十日町滞在時間はわずか30分ほどであった。 飯山線には過去にも数回乗っているが、北陸新幹線金沢開業後に行くのは今回が初めてで、旧JR東日本の信越本線部分(長野~豊野間)は、しなの鉄道北しなの線に転換された関係で、この区間だけJR線ではなくなったから別にこの区間の乗車券を買った。 乗った列車は、長野から車掌が乗務する2両編成であったが、この日は前寄り1両だけに「おいこっと」用車両が使われていた。後寄りの一般車1両は途中の戸狩野沢温泉で切り離された。 国鉄時代に比べれば、列車の連結解放に伴う作業は簡易化され、連結器とは別にある電気と空気関係の連結解放が自動化されて、身体的負担と汚損度、危険度、作業の手間が軽減されたが、豪雪地帯ゆえ戸狩野沢温泉駅での作業では解放後に連結器をカバーで覆う作業などもあって、荒天時や厳冬期はつらい作業だろうとお察しする。ローカル線の中間駅なのでこういうことは車掌の仕事になる。 そこから先は1両ワンマン運転となる。下の画像は、途中の森宮野原駅で、除雪されたホームと通路のほかは、まだ雪で覆われていた。 列車の乗客は多くはないが、この長野・新潟県境地帯の地元利用者は少ないらしく、私どものような旅行者風ばかりが目立つ。 この列車は下り越後川口行だが、私た…

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【862】 変なコレクション9:国鉄保養所のマッチ箱など

先週は国鉄時代に職場から行った旅行や宴会のことを書きました。じゃあ国鉄在職中は職場での団体旅行のほかには出かけなかったかと言えば、家族や、職場の同僚たちと一緒に1~2泊程度の旅に出ることはありました。国鉄では職員に乗車証や割引証が支給されましたから、国鉄で出かければ安く出かけることができたのに、日ごろ仕事で乗っている(乗らされている)列車に乗るより、わざわざガソリン代を出してでもマイカーで出かけたいと思ったもので、その結果、日帰りや一泊の旅行にはマイカーを利用することがほとんどでした。しかし安月給ゆえに、宿泊代を抑えるために、投宿先のほとんどは国鉄共済組合の保養所を利用することが多くなりました。 前に国鉄時代に利用した喫茶店のマッチ箱コレクションを【445】変なコレクション3(マッチ箱 新橋編)から、4・5・6・8と、5回に分けて書きましたが、今回はマッチ箱を含む国鉄共済組合が運営していた宿泊施設関連のモノをご紹介しましょう。 上の画像は南紀白浜にあった国鉄の保養所「くろしお荘」で、写っている自動車は私のです。自動車については、いずれ機会があれば、改めて乗り継いできた車種について書くつもりです。 国鉄分割民営化前年、1986年2月、1年先輩の人たち2人といっしょに、十津川の温泉2か所と川湯温泉に立ち寄った後、ここ白浜の国鉄くろしお荘で泊まりました。この1年後、3人の進路はバラバラになり、JRに残ったのは1人だけでしたが、今でも1年に1度は近況報告を兼ねて会っています。 こうした保養…

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【861】 トイレにあるミニレイアウト

先週は玄関の模型ジオラマをご紹介しましたが、さらにその1年前、つまり17年前に、同じようにトイレの空きスペースを使って設置したミニレイアウトをご披露します。 これもスチール棚のレイアウト同様に、古い廃レイアウトから剥ぎ取った建物と余っていたレールを再使用して造ったものです。 わが家のトイレには、造り付けの観音開きの扉がついた戸棚が天井直下にあって、その下が幅約1000㎜、高さ約500㎜、奥行270㎜の、戸がない空きスペースになっていました。 (下端にダークブラウンの長いスジが見えますが、ホコリ除けのために後付けで私が設置したアクリル板をスライドさせるためのレールです。) このスペースには、最初は本や雑誌、小物などを置いていましたが、高さと奥行にたいへん余裕があり、つまり無駄な空間がありましたので、このスペースを利用して小レイアウトを造れないかと考えたわけです。当初は上の画像のようにがらんどうでしたので、ホームセンターで白い化粧板を買ってきて、脚をつけて「コ」の字型に組んで中間に棚を造りました。 そして、ホコリ対策のアクリル板を2枚、スライドするように設置しました。戸棚の戸の裏側になっていて見えませんが、上端部(戸棚の裏側)にもレールを付けてありますので外れることはありません。 造った棚の上に、それまで下に置いていた本や小物を追いやって、空いたスペースにミニレイアウトを設置したという経緯です。しかし奥行が270㎜しかなく、今でこそスーパーミニカーブレールR103 などとい…

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【860】 その昔の宴会

先週の懐中時計の話の中で、親睦会の旅行のことに触れましたが、規模が小さい車掌区では職種に関係なく職場全体の親睦会(旅行はもちろん分割開催)が可能でしたが、数百人規模の車掌区だと、先週書いたように、各人の勤務表の「明け・公休」に合わせて分割して旅行を開催するにしても、とても1週間程度では収まるはずもありません。それに職種によっては仕事の繁忙期が違いましたので、開催時期も職種によって配慮する必要がありました。全体の職員の互助関係や文化祭などを行う親睦組織は別にありましたから、全体で開催困難な旅行行事だけを職種別に切り離して親睦旅行会を作ったということだったのかもしれません。私は「荷扱の車掌長・専務車掌・車掌補・乗務掛で構成された会」、「普通車掌で構成された会」、「客扱の車掌長・専務車掌で構成された会」に、そのとき従事していた職種の時期ごとに入っていました。この中で「普通車掌で構成された会」だけが20~30代が中心で、年齢層が固まっていました。 こういう職場で自動的に会員となる旅行会では、経費をかけないよう近場で、しかも国鉄協定旅館や国鉄共済直営の保養所を利用して一泊で行われることが多く、時には一般の温泉旅館などを使うこともありました。勤務明けが遅い人もありますので一泊で行けるところは限られ、保養所がある観光地も限られますから、近場の温泉地にある一般の旅館も使っていたということでしょう。 下はそういう職場からの旅行会で宿泊した一般旅館のマッチ箱です。 昔は宴席に一人一つずつ灰皿とマッチ箱が…

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【859】 玄関の模型ジオラマ

私はマンション住まいです。早いもので新築入居から約20年も経ち、あちこち劣化しつつあり、設備の補修や交換を余儀なくされています。そういうことと並行して、入居時点ではスッキリして物が少なかった家の中は、生活に不必要なものを持ち込んだり設置したりする主がいて、顰蹙を買ったりしてきました。 画像は、現在の我が家の玄関です。 このマンションに入居したころ、Nゲージの鉄道模型は単品売りから、編成セット売りに移行しておりましたが、狭いマンションの中で長編成の列車模型を展示するスペースがなく、目を付けたのが、この玄関の造り付けシューズボックスの上の空間でした。 ここにNゲージ模型のジオラマ(シーナリーセクション)を造ることにしたのは、今から16年前でした。造る前はこういう状態でした。 シューズボックスの奥行に少し足りないくらいの幅の板を2枚ホームセンターで購入して、シューズボックスの幅に合わせて切断し、そこにH形に組んだ板を挟んで上下からサンドイッチしました。下の画像は上から板で蓋をする前の様子です。(上から見た状態) 箱のようにコの字形でなくH形に組むことで、ひっくり返すと2種類の展示スペースが生まれます。 2種類の展示スペースのうち、メインになる側は、奥行きのあるスペースを取って情景を入れ、走行しているように見える複線のジオラマです。その裏側(壁面になるほう)は奥行を最小限にして、そのかわり段を造って、2編成の模型編成を上下に収容し、展示するスペースにしてあります。 下の画…

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【858】 2個ある国鉄の懐中時計+α

先週、JRの車両基地公開のイベント会場で購入した車掌用の腕時計について書いたのですが、一般に人気があるのは腕時計ではなく断然懐中時計で、私も2個持っています。鉄道グッズや模型はこの数年でかなり手放したのですが、この懐中時計は2つとも手放さずにいます。 上の画像は、左側のほうが古い手巻で、右側はクォーツです。 下の画像は、上の画像の左側の手巻時計の裏側です。 昭和37年の刻印とともに、「中支」とあり、これは中部支社のことです。国鉄にはそのころ「支社」という組織があったことがわかります。中部支社は名古屋・静岡・長野・金沢の4鉄道管理局を管轄していたわけですが、支社制度は1970年(昭和45年)に廃止されています。 昭和37年といえば、東海道新幹線が開通する2年前です。こういうユーズド品を手にすると、どこのどんな職種の方が使っていたものなのか気になりますが、解明はできません。 この時計、私が所属した車掌区に時計が趣味の方がおられたので、その方から頒けていただいたものです。時計の修理はもちろんされましたし、壊れて再生不能と思われる時計もご自分でパーツを調達してきて再生しておられる方でした。そういうことなら、この時計は国鉄から払い下げられた廃品を複数入手し、それらのパーツをいくつか組み合わせたものかもしれませんので、裏蓋は昭和37年となっていますが、中のパーツは必ずしもその年のものではないのかもしれません。それでも見事に完動品として整備され、入手してから35年くらい経った現在まで、ゼンマイ…

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【857】  スチール棚の小レイアウト完成画像2

先週は完成したレイアウトで撮影した画像を並べてみました。スチール棚ですのでレイアウトを後ろ側(壁側)から見ることはできませんし、上から俯瞰するのも無理があります。棚に収納すると実際に見ることができない画角からカメラだけ棚の中の空間に入れて撮影した画像もアップしましたが、それでも撮影しにくい部分がありました。そこで今回はスチール棚からレイアウトを取り出して部屋の外へ持ち出して、棚に設置した状態では見ることができない裏側や側面方向、上から見下ろす角度から撮影した画像をアップしてみました。 *********************** これからアップする画像は、中央の「茄子川(なすびがわ)駅」を発車した貨物列車がレイアウトを右回りに一周して戻ってくるまでの順番になっています。 レイアウト左端のほうから撮影。 駅を発車した列車が、駅前商店街の家並みと一段低い田園に挟まれた線路を走ってくる場面です。棚の中という場所なので、レイアウトを外に出さないとこうした俯瞰撮影は困難です。 *********************** 列車は本線に合流した後、畑の中をR177の急カーブでレイアウト後ろ側(壁側)に向かいます。画像を撮影した位置は壁側なので、こういう写真も棚に設置した状態では撮影できません。以下の画像も、すべて同じように後ろや横の壁側になるところから撮影した画像が続きます。 *********************** 2階に干してある洗濯物が生活感…

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