【1282】あの年の9月30日《1973年・2005年》
1973年9月30日
前夜に家を出て、名古屋駅から夜行急行「のりくら7号」高山本線経由宇出津行に乗りました。この列車は所定では金沢行でしたが、季節延長運転期間中にあたっていたので、金沢駅で折返して、そのまま能登線の宇出津まで直通運転されていました。さらに富山までは臨時急行「むろどう」立山行も併結していて、当時の国鉄の芸の細かさが生きていた時代でした。
私が「のりくら7号」から降りた駅は七尾線七尾駅で、この日はSL牽引で有名だった「ふるさと列車 おくのと号」の最終運転日でした。
この日は金沢~七尾間がC58とC56の重連で、七尾以遠がC56とC11の重連でした。単純に二兎を追う高校生としては、七尾駅から近い場所で下りのC56とC11の重連「ふるさと列車 おくのと号」を撮影してから、そこまで牽引していたC58とC56を機関区内で撮影するという行動でした。
このあと、和倉駅(現和倉温泉駅)に場所を移して、上りの「ふるさと列車 おくのと号」を撮影しました。その画像は今回省略しますが、「おくのと号」を待つ間に、えらく古そうな貨車移動機による構内入換作業が始まりました。この日に見たC56 124(冒頭の画像)は、この翌年木曽福島に転じ、そこで再会することになります。
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2005年9月30日
「愛・地球博」が5日前に閉幕し、10月から愛知環状鉄道の「万博八草」駅は、元の駅名「八草」に戻ることになっていました。仕事帰…