地元でシキ800が動く姿を見て、貨物列車が気にかかるようになってきました。
そこで自宅でマイクロエース製のシキ800の写真を撮ってみました。
牽引はKATO製のEF64です。JR貨物色ですが模型はブルーが濃淡に分かれているタイプなので、今回実際に見たものとは少し違いますが、雰囲気は似たようなもんです(^^ゞ
MICRO ACEというメーカーさんはユニークな車両を模型化してくれます。シキ800も一時期は市場から姿を消し、オークションサイトでプレミア価格で取引されていた時期がありましたが、近年再生産があり、この後はだぶつき気味なのか、量販店でディスカウント価格で売られているのを見ました。
私が列車掛をしていたときには、このシキ800ではありませんが大物車の乗務に当たったことが1度だけありました。残念ながら写真は撮っていませんが編成の記録は残っています。そのときの編成は以下のとおりです。
<<昭和55年4月10日>>
岡多線683列車
(運転区間乗務区間とも岡崎~北野桝塚)
EF65 37 (稲二)
ロ シキ 100 (発駅)日立 (着駅)北野桝塚
ヨ 13824 長シオ (発駅)日立 (着駅)北野桝塚
ヨ 14286 天シク - - (車票なし)
岡多線は現在は愛知環状鉄道の一部となっています。
機関車はEF65で稲沢第二機関区所属。当時は稲沢第一機関区にディーゼル機関車とその乗務員が、そして稲沢第二機関区には電気機関車とその乗務員が配置されていました。現在の愛知機関区の位置とは別の場所で、それら機関区の所在地も今では区画整理され元鉄道用地であったことがわかりません。
「ロ シキ」の表記の「ロ」は時速65キロの速度制限がある貨車に付された記号です。
「ロ」の表記のある貨車以外は、時速75キロで走行できました。(一部の貨車は85キロ、95キロ、100キロで走行できるものもありました。)「ロ」表記のある貨車は列車ダイヤ上、時速65キロ以下で設定された貨物列車にしか連結できませんでした。識別のため黄色のラインが車体に塗られている貨車が特に限られた用途の石炭車などに多く見られたのをご存じの方も多いと思います。
ウィキペディアによれば、このシキ100は1形式1両のみの車両で、国鉄分割民営化でJR貨物に引き継がれたものの、平成6年に廃車になったようです。
ヨに付した「長シオ」や「天シク」は所属(常備駅)を表します。鉄道管理局名の漢字一字と電略記号で表します。それぞれ「長野鉄道管理局の塩尻」「天王寺鉄道管理局の新宮」を意味しています。
さて、以前は荷物列車について記しましたので、自分が従事した職種の順番として、これからしばらくは国鉄時代の貨物列車に乗務した列車掛の仕事内容について何回かに分けて綴っていきたいと思います。 貨物列車に興味のない方には申し訳ありませんが、いずれは当時の旅客列車の話題も取り上げますのでしばらくお待ち願いますm(__)m
この記事へのコメント
hmd
興味がある編成を実際見たりすると、
気になって模型で再現したくなりますよね。
模型も少々やっておりますが、
模型は最近の特急気動車ばかりで
乗る方と一致していません(笑)
(専らマイペースでデューテールアップをしています)
貨物列車のお話も興味津々で期待しております^^
miki
アルヌ-さんのブログより訪問させていただきました。
どうぞ宜しくお願いします。
貨物列車もいろいろな種類があって名前もそれぞれなのですね。
写真の模型は素敵です。
ご自分で組み立てられたのですか?
アルヌー
あの小さい ロ と、黄色い帯は、そういう意味があったんですか!?
僕は、初めて見た時、あれはロ(ろ)じゃなくて、(くち)なのか?と思って、なんだろう?と思っていました。
(^_^;)
鉄道模型は,奥が深そうで、それにスペースも無いので、まだ手を出していないのですが、あんなに精巧に出来ていると、ハマってしまいそうで、ちょっと怖いです。
(^_^;)
しなの7号
hmd様
国鉄在職中は「本物」に触れていたからか、模型に手を出すことはありませんでしたが、国鉄を離れてから自分の関わった車両を中心にコレクションするようになりました。知らないうちにずいぶん増えてしまいました^^
miki様
はじめまして。むさくるしいオジサンのところへようこそ(^^ゞ
この模型、結構小さくて機関車の長さが10センチくらいでしょうか。実物の150分の1で50過ぎのオジサンには、目が見えなくて(-_-;)
とても自分で作れないわけです。10年ほど前までは自分で作ったこともありましたが、今はリアルな完成品を集めています。
アルヌー様
模型にまで手を出すと、入場券も買えなくなりますよ^^
チリも積もれば…でずいぶん投資してしまいました(+_+)
と、言いつつ、来週大垣夜行に使われた165系電車の模型が発売されますです。ほしいけれど旧製品を持っているので買えません。実はスペースの問題もありまして、私の部屋は模型の入った段ボール箱と線路などで、1人が寝るスペースしかなく物置と化しています(+_+)
miki
鉄道模型、奥が深そうですね!
質問なのですが、模型は何体ぐらいあるんですか?
ちなみに最寄の駅が京王線なのですが、
この電車の模型ってあるのですか?
楽しい趣味堪能してくださいね!
しなの7号
模型も奥が深くて、私でも入り込めない世界があります。数は数えたことがありませんのでわかりません。段ボール箱が10個以上。100とか200ではないと思いますが(^^ゞ
家人の理解がないと、いつ捨てられてしまうかわからない危惧が(-_-;)
私は所有していませんが京王の模型も発売されてはいます。京王を含めて私鉄に関しては数や種類は少ないですし、常時流通しているわけではないので、模型は「あるとき」に買わないと後悔したりします。
田端車掌区レカ
乗務行路表で終わりの方には予備行路があり何もなければ乗務員休憩室で待機、しかし突発休み、臨時列車などがあると
点呼を行い乗務します。当時の日記は引っ越しなどで行方不明になっていますが、記憶をたどると一度だけ特大貨物の乗務がありました。日立発のトランス、ワフ+シキ+ヨの編成
だったかも、日立駅の構内は通過はあるものの初めての所、
構内配線図で調べましたが、行ったらすぐわかり、通知書を渡しブレーキ試験、無線機の通話テストと出発前の儀式を終え発車。途中退避などでポイントをクネクネと台車が動く状態を興味深く観察しました。新鶴見操車場まで乗務しましたがこの日限りのことでした。乗務で仮眠をとった新鶴見車掌区も跡形もなくなりました。しなの7号さんしんがりで乗務したのかな。2641レといいつながりますね。
しなの7号
シキの走行音、特別な車両であることを聴覚からも感じますね。
【496】しなの7号研究ユニットリーダーによる「岡多線の一般貨物における一考察」(前篇)
https://shinano7gou.seesaa.net/article/201406article_7.html
で書いたのですが、自動車発送のために開業した北野桝塚駅ではダム建設用資材の中継点としての役割もあったようで、発駅が日立となっている貨車にはよく出くわしました。
首都圏で列車番号が変わる直通列車では、実は実質同じ列車であって両末端区間に乗務していたこともあったのかもしれないですね。定期列車ですが下の例なども可能性があるのでは?
【189】乗務した車両:コキフ50000
https://shinano7gou.seesaa.net/article/201108article_1.html
【577】思い出の乗務列車52:東海道本線快速貨物4163列車
https://shinano7gou.seesaa.net/article/201504article_6.html
そして緩急車には、きっとどこかで同じ車両に乗っているように思います。
新鶴見の車掌区と乗泊には行ったことがなくて、その所在はもとから知りませんが、新鶴見(上り鹿島田・下り前袋)には荷物列車で長時間停車したことがあり、そこが今どうなっているのか興味がありますが、行ったとしても、さっぱりわからないだろうと思います。そのころはまだ東海道・横須賀線の分離前で、鹿島田駅もありませんでした。