そのまえに、電車の車掌の仕事って、どんな仕事かと思いますか?
多くの人は、「切符拝見」とか「車内放送をする」「ドアの開け閉め」が思い浮かぶのではないでしょうか。
乗客の乗らない貨物列車には前述のような仕事は必要がありませんので、車掌や列車掛の必要性がないことになってしまいますね。事実貨物列車や回送列車など乗客の乗らない列車は合理化の過程の中でワンマン化で車掌(列車掛)は廃止されていきました。車掌や列車掛のもっとも大きな存在理由は、以前にも触れましたが「運転業務」なのです。ハンドルを握って運転するのではないですが、列車の異常がないことを確認して運転士(機関士)に発車の合図したり、非常時には列車を停止させる。要するに列車全体の責任者であるのです。運転士も車掌の発車合図による指示がないと動いてはいけないということです。
特に重要なのが「列車防護」です。運転業務を行う車掌あるいは列車掛は、たとえば踏切事故や脱線転覆した場合などに、隣接する他の線路を、転覆した列車やぶつかった自動車など障害物が支障して、併発事故の恐れがあるときは、直ちに定められたマニュアルに従って、併発事故を防止する手配を取るのです。通常、列車の後ろに乗務している車掌または列車掛は後方の防護を担当し、運転士または機関士が前方の防護を担当します。他の線路を支障してしまうような事故の場合、先頭に乗務している運転士や機関士自身が事故の衝撃で死傷して列車防護手配を取れない場合もあるので、その場合は当然車掌や列車掛が前方の防護をもするのです。
この写真は救援車と呼ばれるものです。列車事故の際にいつでも出動できるように、復旧に必要な道具器具を装備して車両基地で待機しています。こういう姿をかつてはよく見かけたものです。これは国鉄時代の長野駅構内での撮影です。
国鉄では過去に何度か併発事故による大事故を経験してきています。そのパターンは単独事故を起こして隣接線路を転覆した車両がふさいでしまい、そこへ何も知らない対向列車が突っ込んで死傷者が倍増したというもので、首都圏のように何本もの線路が並走していると、三重衝突事故というものさえ現実にあったのです。このように、乗客の乗っていない列車でも、他の列車を止めるための保安要員が必要であるといったことで、その存在価値があるのです。言い過ぎかもしれませんが、乗客の皆さんから見える、「切符拝見」とか「車内放送をする」は車掌の片手間仕事で、本来の存在価値は奥深い所にあるのです。
下は大阪車掌区で車掌をやっておられた方の著書です。昨年刊行されたものですが、著者の方は、鉄道や旅の雑誌で国鉄退職後執筆活動されていました。もちろん面識などありませんが、仕事で大阪車掌区には何度も行ったことがあり、身近に感じる1冊でした。
昭和の車掌奮闘記 [ 坂本衛 ] |


この記事へのコメント
hmd
本職としてのご経験によって得られた
濃いお話に感服いたしました。
なかなか今までこのような内容のお話は拝読する
機会がありませんでしたので納得しきりです。
(鉄道ファン的な見方とは全く違いますので)
コスト意識ばかり先行で安全がおざなりで事故を
発生させる要因になることは避けるべきであり、
その関連性や対応性も考えさせられます。
ローカル線はワンマン化が進んでいますが、
この事を考えると万が一の場合は怖いですね。
アルヌー
列車全体の総責任者が、車掌さんや、列車掛の方だったんですねー。
勝手なイメージで、運転士さんが、主導権を握っているものだと思っていました。
写真の救援車は、屋根の形からして、かなり古そうな車両ですが、今でも専用の救援車は存在しているのでしょうか?
午前中に、僕のブログにコメントを寄せて頂いて、ありがとうございました。
\(^o^)/
しなの7号
国鉄時代は、通信手段としての無線は完備せず、事故の場合の連絡手段がなかったことを考えれば、現在では乗務員の仕事を補完する防護無線、TE装置EB装置など機械化で安全性はむしろ向上しているのかもしれません。安全には金をかければキリがありませんし、人件費の問題など営利企業としてどのあたりで妥協するかは、難しいものがありますね。
参考までに、事故時の手順としては、「防護・救護・連絡」となっています。救護が2番目に書かれていることに注目です。
まず、併発事故の防止なのです。
しなの7号
アルヌー様がお考えのように、現実には運転士のほうが、給料は高いし威張ってもいましたのは事実ですね。まあ、運転士がいなければ絶対列車は動けないわけですからね。
救援車の現状はよく知りませんが、マニ50とかスユニ50という荷物車が代用されているのは見たことがあります。
風旅記
こちらの記事を拝見し、言葉通りに目から鱗が落ちました。鉄道が好きで長く見てきましたが、本質的なところを理解しきれていませんでした。
今ではワンマン運転の列車も珍しくありませんし、殆どの貨物列車には車掌さんは乗っていないですが、人が担っていた「運転」を機械化した結果とも言えるのですね。車内放送やドアの開け閉めなど、どちらかと言えば「接客」の部分を機械化したように映っていましたので、記事を読ませて頂き新鮮でした。
風旅記: https://kazetabiki.blog.fc2.com
しなの7号
鉄道というものはシステムとして動いていますが、一般の利用者にはその裏側は関係のないことですので、顧みられることはありません。舞台裏を扱うテレビ番組なども最新の機器や技術を前面に押し出して伝えますが、基本思想は原始的で電気や通信が途絶しても安全に列車運行ができるシステムになっています。人がやるより安全で正確なシステムが開発され、その技術の進歩は素晴らしいもので、世界に誇れるものでしょう。それでも列車の運行に関係する者は、そのシステムが崩れたとき、原始的な方法で安全を守るためのマニュアルに則した訓練を定期的に行っています。
木田 英夫
今回一番驚いたのは、管理人様のコメントの「救護が2番目」という点でした。「えっ、確かJR西の安全憲章では…」と思い改めて調べたところ、その通り「併発事故の阻止とお客様の救護」と書かれておりました。
道路では、道交法72条で1.運転の停止、2.負傷者の救護、3.道路における危険の防止、4.警察官への報告となっており、救護が先になっていました。
鉄道員ではなかった私には、なぜこのような違いがあるのかわかりませんが、鉄道と道路では何か決定的な違いがあるのかも知れませんね。
そして「システムが崩れたとき、原始的な方法で安全を守る」のコメントで、昔、小学生の頃に見た映画?のことを思い出しました。
テレビのドキュメントか、交通科学館の展示かは忘れましたが、事故の時に車掌さんが発煙筒を焚きながら後ろに向かって走り、線路に赤いマッチ箱のようなものを取り付ける。後の列車がこれを踏むと物凄い音がして危険を知らせる…。という内容だったと思います。
そして運転免許の学科教習の時に、踏切で立ち往生した時は非常ボタンを押す。ない場合は車に備え付けの発煙筒を焚く、赤旗を振る。それもない時は服でもなんでもよいからとにかく振る、或いは燃やして煙を出す…。といった話。
更に背景は違いますが、中学3年の国語の教科書に出ていた、ガルシン「信号」。
安全を守るためのシステムは技術の進歩により高度化していきますが、そのシステムを働かせているのは、また故障した場合に安全を守るのは最終的には人であるのですね。
とりとめのない中身で申し訳ありません。木田英夫
しなの7号
自動車は停止できないと判断すればステアリングで危険を避けることができます。それに、どんな高速性能を有している自動車であっても、公道では前方の危険を回避できる速度に規制されています。それに対して鉄道は進路を変えることはできず、ブレーキをかけても急に止まることができません。在来線列車のブレーキ性能は、最大600m以内に停止させることが求められているにすぎません。つまり、併発事故を回避すべく手前で停車できることが前提とされている自動車と違って、鉄道では他列車を事故現場の手前に緊急停車させて併発事故を防止する行為が重要となります。本文に書いたような一次事故が脱線転覆事故や踏切での衝突事故でなくても、昔から日常的によくある人身事故であっても、はねられた人が反対線路を支障すれば、他列車を緊急停車させないと「二度轢き」になったり、救護中の人まで巻き添えとなる人身事故を併発する可能性があります。そう考えると
、第一に他の列車を止めなければならないことがご理解いただけると思います。現在は防護無線などがあるので、運転士が操作すれば傍受した付近の列車が一斉に急停車できますが、それが機械である以上絶対的に使える状況ではないと考えれば、おっしゃるような人による原始的な方法は併発事故を防ぐことの基本ですから、いつでもどこでも列車防護を実践できなければならないわけです。
木田 英夫
自動車と鉄道との違い、詳しくご教示頂きありがとうございました。進路変更できない、また急には止まれない列車に対して、600メートル以上手前にある内に事故の発生を知らせなければ間に合わないということ。よくわかりました。
門外漢である私にとっては、600メートル、あの新幹線の長さの1.5倍先の様子が対向列車の運転台から見て分かるのかな。恐らく事故が起きていることは分からない。確かに続発事故の阻止、先ず対向列車を止めることの方が優先だなとも思えました。
また教習所でのことですが、信号機が球切れで消えている場合、
道路では信号機がないものとみなして注意して進む。
鉄道では赤信号とみなして停車。
といったことを聞いた記憶があります。間違っていたら申し訳ありません。
これも道路と鉄道では正反対ですが、先に教えて頂いた通り、自動車と鉄道との違いによるものですね。
いつもありがとうございます。木田英夫
しなの7号
600mの根拠は鉄道信号が目視できる限界距離だと聞いています。貴殿が何かでご覧になられたという「乗務員が発煙筒を焚きながら走る」その距離は800mと規定されていて、600mに余裕距離200mを加えて決められたものです。こういうことをする前に現場に発煙筒を焚くなり防護無線などで緊急停止手配をすることになっています。踏切があれば非常ボタンを操作することも緊急停止手配に含まれます。
踏切で脱輪するなどしたときは、非常ボタンを真っ先に押すべきで、警報機が鳴動して列車が接近してからでは時すでに遅しとなる可能性が高いです。列車の運転士は直ちに非常停止手配を採ったら非常汽笛を吹鳴し続ける以外に衝撃のときまで何もできず突っ込んでいくしかありません。
鉄道信号機の消灯は停止現示と同じ意味になります。一定条件のもとで運転士の注意力だけで停止信号でも無閉そく運転で信号機を越えて運転できる場合が例外的に規定されていますが、その場合でも危険を察知して直ちに停車できる時速15㎞以下の運転速度に制限されています。