「レチ弁」とは車掌用の弁当のことです。「レチ」は「列車長」の略で「車掌」を意味します。構内営業の駅弁業者さんと契約して、特別に弁当を提供してもらったり、また大きな乗務員宿泊所や大きな車掌区には業者が入った食堂があって、弁当を作ってもらったりできました。
駅の駅弁業者さんによるレチ弁については、購入できる乗務列車が指定されていました。指定された列車以外での利用はできませんでした。地上で食事ができにくい時間帯の長距離列車が対象とされていたようです。荷物列車の乗務の際に、私もレチ弁のお世話になりました。以下はいずれも昭和51~54年の荷物列車乗務の頃の駅弁業者さんによるレチ弁の話になります。
駅弁業者さんによって、次のようなレチ弁利用形態がありました。
●形態その1
車掌区に置いてある駅弁利用券を持って指定された駅の指定された駅弁売場で市販の駅弁を割引価格で購入する。
この形態は名古屋駅にありました。
特に正月や早朝には今のようにコンビニがなかったので、重宝しました。上の写真は乗務掛(荷扱)の見習臨時雇用員時代、実際の乗務のときに買った名古屋駅の駅弁の掛け紙です。市販品そのものですので売価の半額で購入できました。この場合掛け紙の値段が400円と表記されていますので、200円で提供してもらったということになります。一緒に乗務する専務車掌(荷扱)が「弁当いるか?」と聞いてくれるので必要なら現金を渡し買ってもらうのです。
駅弁利用券には専務車掌(荷扱)が個数を記入し押印のうえ、現金を添えて名古屋駅の場合はホームにあった駅弁売店で購入していました。
●形態その2
事前に電話連絡をしておいて、指定された駅の指定された駅弁売場で、特別に車掌用に作ってもらった市販品とは異なる特製弁当を購入する。
この形態については中津川駅がありました。
中津川には車掌区があって、その車掌区を通して3時間以上前に電話連絡をして注文することになっていましたが、これはあまり利用する人がありませんでした。駅弁の内容は覚えていませんが、値段が200円と安いだけにそれなりの内容だったと思います。しかし私の場合は、中津川駅のレチ弁の掛け紙がどんなものか気になりましたので、2~3度利用してみました。
200円の表示がありますが、料金改定で使用することができなくなった古い掛け紙が使用されたのでしょうか。いちばん上に掲載した名古屋駅の駅弁が400円だったことからから考えると、駅弁の市販価格が200円だった時代は、さらに遠い昔のことと思われます。駅弁には付きものだった製造日時は記載されていませんでした。
●形態その3
毎日定期購入契約として、指定された列車で指定駅の駅弁売場で、特別に車掌用に作ってもらった市販品とは異なる特製弁当を購入する。
この場合、必ず購入しなくてはならず、運転休止の場合はキャンセルの連絡が必要でした。
この形態は、熱海駅と奈良駅にありました。
熱海のは150円で、駅弁売場では見かけない掛け紙でしたが、中津川駅の例と同様に、使用できなくなった古い掛け紙を使用したものと思われます。値段の表示は掛け紙にはなく、やはり製造日時は記載されていませんでした。
安いだけあって、中身は筍の煮物が目立つばかりで、ご飯は少なくおかずはいつも同じで質素だったので、もう少しお金を出してもいいからご飯もおかずも増やしてほしいとみんなが言っていました。
奈良のレチ弁は、弁当屋の人が通箱に入れて停車中に乗務員室まで出前してくれました。ここのは駅弁とは違い、再利用できる仕出し用のプラ製容器でしたので掛け紙はありませんでした。上り列車の車中で食べた後は空の容器を亀山車掌区に預け、下り列車の乗務員が亀山車掌区へ空容器を取りに行き、容器を奈良まで回送することになっていました。こちらの値段は100円で、後に150円に値上げされましたが、おかずが寂しいのは熱海と同じでした。しかしこちらは、ご飯だけは大量に詰めてあり、少食の私には多過ぎるほどで、「この弁当の飯、足で踏んづけて詰めたんやないか?」と言っていた人もいたくらいでした。おかずが少な過ぎるので、途中駅での長時間停車中に駅前のスーパーや揚げ物屋へ出かけてコロッケなどを買ってくる人もありました。
こうしたレチ弁は乗務中に食べます。乗務員は食事のための休憩時間が設定されていませんので、食事は折り返しの待ち時間とか、長距離乗務の場合は走行中や長時間停車中に食事をするしかないのです。
荷物列車は3人チームでの仕事でしたから、下っ端はお湯の確保をします。途中駅での停車時間中に駅や駅弁業者の詰所へ大きなポットを持ってお湯を貰いに走ったものです。
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- Weblog: 昭和の鉄道員ブログ
- Tracked: 2015-03-26 06:50




この記事へのコメント
京阪快急3000
「レチ弁」という言葉(というより物)、初めて聞きました。種類もいろいろあるのですね。
当記事の文章を拝読して、当時されていたお仕事が如何に大変なものか、よく分かりました。
しなの7号
いまでもコンビニで買った弁当を持って乗務する列車に向かって歩いている乗務員さんを駅で見かけることがあります。時代は変わっても乗務員は毎日違った列車、違った場所での食事だったりします。不規則な勤務による不規則な時間帯の食事。体にいいとは思えません(+_+)
ラモス
弁当の内容や、製造日の省略など、どこか投げやりな作りがステキです☆
包装紙、大切に保存されていたのですね…まさかしなの7号様も、未来になってブログで紹介する事になるとは思われなかったのではないでしょうか^^
しなの7号
駅弁の掛け紙は、旅行中、乗務中のほか駅弁大会を含め、自分の収集癖として、なるべく取っておくようにしていたのですが、他人様にご覧いただくことなど想定外ですね。
乗務の出先で「定価」で買った駅弁もいくつかございました。機会がありましたら、国鉄時代の他の駅弁の掛け紙も公開したいと思います。
野良太郎
しなの7号
今回は荷物列車乗務の際のお話でした。
特急乗務の際は車内販売の方のお世話になることもありました。
食堂車連結の場合は過去のブログ記事「【134】専務車掌(乗客扱)3:線路見習」で少し触れたとおり、正規メニューを半額で提供していただきました。
hmd
レチ弁ですか (^_^) 鉄道関係者用の仕出し弁当があるのではないかと思っておりましたが、しなの7号さんのこの記事で、具体的に初めて知りました。
移動しながらの仕事ですから、飯時も色々と大変だったご様子ですね。値段も安いのも、福利厚生の一環ですね。コンビニよりも個性いろいろで面白いです。
また参ります (^_^)
しなの7号
こちらは午前中は激しい雨!!
午後からは、天候が回復しました。
今回は駅弁業者さんとの契約による弁当を紹介しましたが、駅の職員は自分たちで自炊していたところも多かったようです。スーパーへの買い物も仕事のうちで、一般に駅出身者は料理も上手だったように思いますが、私はずっと乗務員でしたから職場での自炊経験はありませんね(^^ゞ
しげぞう
乗務員さんの食事事情、興味深く拝読しました。確かに昔はコンビニもほとんど無い時代で、食料の調達は苦労されたことと思います。面白いなと思ったのは、奈良の弁当容器にも、運用みたいなのがあったのですね。正に鉄道って感じがします。
自分は旅行に出掛けても、財布が寂しいことが多くて、駅弁をあまり食べた事がないんです。そのなかで、唯一思い出に残っているのが、家族で木曽に行くときに食べた、中津川の木曽路お好み弁当です。115系のボックスシートに座って家族で食べた、あの頃がとても懐かしいです。
また宜しくお願い致します_(._.)_
しなの7号
ターミナル駅で、JRの社員さんたちが四角い形のコンビニのレジ袋を持ってホームを歩いておられるのをよく目にします。今日はどんなコンビニ弁当かな?と思ったりします。
今は食事に関して便利になったことは確かですが、不規則な食事と外食ばかりの食生活になることは、乗務員の宿命のようです。
中津川の駅弁にもご無沙汰していますが、私が高校生の頃にはホームで駅弁売りの声がいつでも響いていました。家族揃って4人ボックスで食べる駅弁…当たり前にできたことが、今ではとても難しいことになってしまいました。
鉄道郵便車保存会 会長
レチ弁の話、興味深く拝読しました。私は郵便車の乗務をしており、駅弁を買える制度はありませんでしたが、乗務先の駅弁を食べて掛け紙、紙箱を集めました。敦賀駅で鯛めしを初めて買ったのはこの時で、事務室(宿泊所)では食事が準備されているので食堂では食べにくく、寝室に持ち込み、おやつのつもりでしたが、事務室食事代が300円台の当時で600円?は高く、乗務手当の何割かがそれで消えました(笑) たまに事務室食堂では食べ足りない人が乗車前にいちばん安い幕の内駅弁を買っても、みんなから「大金持ち!」「ブルジョア!」と冷やかされていました。車内作業の手すき時間にその人が駅弁を食べると進んでお茶を出し、食べ終わると「空箱、片づけます」と言って、掛け紙をしっかり持ち帰りました。正月など事務室職員の休暇で食事が出せないときは乗務課で「欠食通達」があり、食事は自己調達をするので、乗務員みんなで好きな駅弁を買って事務室で食べたこともあります。何しろコンビニなどなかった時代で、駅売店と駅弁売場に食べ物を依存することが多々ありました。それでも、大きな事務室で食事が出たのは恵まれており、ローカル線の郵便車乗務先では、空き屋の借り上げなどで食事提供ができない事務室もあり、駅弁業者との契約で食事を確保した、との記録があり、もしかすると、旅客向けとは異なる内容、値段の弁当を作ってもらえた可能性があります。
しなの7号
ここに書いた例は、すべて荷物列車乗務時代のもので、長距離長時間乗務という特殊性ゆえのことでした。レチ弁を除いても、駅弁のお世話になったのは荷物列車時代がいちばん多いです。私は乗車券の収集と同じで、駅弁も「自分が食べた掛紙だけ」が収集対象でした。
敦賀の駅弁に関しては、記事が一本ありますので、よろしければご覧ください。
【804】乗務先で買った駅弁
https://shinano7gou.seesaa.net/article/201706article_4.html
乗務先の大きい乗務員宿泊所には食堂がありましたが、そこで食事をするよう指定されるようなことはなく、職員食堂にありがちな「安くてまずいが量は多い」のを避けて街中に食べに出かけるということはよくありました。
コンビニがない時代は、駅売店と駅弁の役割は今よりはるかに大きかったですね。最近は駅弁を食べる機会はほとんどなくなりました。
鉄道郵便車保存会 会長
敦賀駅弁を乗務先の米原駅で購入し、しかも、角鹿弁当を四季バージョンすべて掛け紙を集めたとはすごいです。私は正反対の、いわゆる「アンチ幕の内」派で、学生のころから鉄道ジャーナル、旅と鉄道の記事、読者投稿に影響されており、「同じカネ出すなら土地の名物を使った特殊駅弁で」という考えに固執してしまいました。実際、デパートやスーパーの駅弁フェア、東京、新大阪駅の駅弁ショップに集まるのがほぼ特殊駅弁ですし、世間のニーズさえ、そう固まっているようです。
拝読しますと、幕の内にも地元の味かちょっぴり入るとか、掛け紙にも変化があることに気づかされます。幕の内は「これしか残ってなくて仕方なく」という場合が多かったですが、「国鉄構内営業」の記載があるからこそ購入したもので、集めた掛け紙を見るとなつかしいです。
敦賀の元祖鯛寿しも最初は掛け紙だったはずで、後年にはよそをまねて紙箱になり、保管にごわついて困るようになりました。角鹿弁当のこともよく知っており、掛け紙が1枚は自宅に隠れているはずです。
当時は車販専門業者だけでなく、駅弁業者も担当列車を割り当てられての車内販売が盛んで、見つけると「どこから来ましたか」と聞いてから駅弁を選ぶ楽しみもありました。
郵便車の乗務先ではみんな行きつけの喫茶店はありましたが、事務室の食堂では乗務員ごとの行路や食事可能時間を考慮して出してくれていたこと、給与から食事代が天引きされたことで、基本的には事務室食堂で摂るものとし、お好み焼き店通いはおやつ扱いでした。
年末の臨時荷物列車内で食べる弁当の支給をホームページに書いています。
荷9041・9042列車 東門弁当
http://oyu10.web.fc2.com/bentou.html
しかし、臨時郵便車の廃止と調理した食堂の廃業で、1年限りの体験となりました。
しなの7号
駅弁との付き合い方は、私の場合かなり偏っています。私は食に関してはこだわりがなく無関心なので、旅先で名物を買ったり食ったりということは、単独行動の場合に限ればありませんので、薄い掛紙に紐かけの安い幕の内を食べたことが多かったです。「国鉄構内営業」の記載もさることながら、調製年月日時刻が書いてあることが旅や乗務をはじめとする自己の行動記録となるので、乗車券などと同様に収集の目的の一つになっています。
特殊弁当は、パッケージが凝った厚紙製になったものが多く、パッケージの保存には困りましたので、そうした厚紙製のものだけは、強引ですが隅に2穴パンチで綴じ穴を開け、綴じ紐を通して保存整理しています。
旅先での車内販売は、単価が高めなのでめったに使わず、乗車前に幕の内を買って乗るように努めていました。自分が乗った駅でない駅弁を買うことにもやや抵抗がありました。そういう考えですので東京、新大阪駅などの駅弁ショップを利用することはありません。
東門弁当のページ拝見しました。内容は奈良のレチ弁も似たようなものだったと思うのですが、なにぶんにも食に対してこだわりがないので、内容などは記憶していません。荷物車の乗務員でも、家からアルマイトの弁当箱に弁当を詰めて来られる方はよくおられました。たしかに冬場に暖房管の上に置いて温めるには便利で、駅弁でも同じように再加熱をしていました。仕事が忙しい時間帯があっても、それが継続して食事をする暇もないようなことはありませんでした。
鉄道郵便車保存会 会長
駅弁との接し方、こだわりにはみなさんそれぞれのお考えがあり、掛け紙、パッケージ保存方法も参考になりました。
100円ショップにA4クリアポケットブックがありますが、これに掛け紙なら背中合わせでひとめくり2枚、箱パッケージを分解して平面化したのも入りますので重宝しています。【90】鉄分の多い日本酒でもコメントへのお返事をいただきましたが、お酒ラベルがきれいに剥がせたらここにも収納する予定です。鉄道デザインのお菓子など食品ラベルともども何冊にもなり、それで段ボール箱がいっぱいになりましたが、整理を進めております。
しなの7号
厚紙でない駅弁の掛紙は、私も国鉄時代のモノはクリアファイルB4サイズを使っています。JR時代のモノはまだ段ボール箱の中に入ったままです。酒のラベルは主にクリアファイルB5サイズです。リング式でページの取り外しができるものが追加する際に便利ですね。
鉄道郵便車保存会 会長
コメントのあと、別の段ボール箱からもごっそり出たので整理するとファイルが不足し、買い出しに。この弁当は何しに行ったときに食べた?という問いには調製日、賞味期限のスタンプ、シールが答えてくれますね。
このページでは、奈良のレチ弁を荷物車内で食べ、容器は亀山車掌区に持ち込み、下りで返却したとか。弁当ではありませんが、郵便車では姫路駅そばを持ち込んで食べ、糸崎の宿舎に鉢を置くと上りで姫路へ返却していた話をホームページのエピソードに書いています。
鉄道郵便のエピソード
http://oyu10.web.fc2.com/episode.html
最初から8つめの話「駅そばの鉢も往復乗務する」をお読み下さい。返却表も再現してリンクを付けています。
しなの7号
収集物の整理には根気が要りますし、いったん整理したつもりでも、あとで発掘品を追加するにあたって1から整理しなおしたり、手間と長い時間がかかりますね。
そして思い出の品々を見ると途中で手が止まり、見入ったりしているとなかなか進みません。
「駅そばの鉢も往復乗務する」拝読しました。国鉄在職中、乗務で駅そばのお世話になったことは、荷物列車乗務時代の中央西線がいちばん多かったです。往復とも早めの昼食後に出勤し、終点に着くのがかなり遅い列車だったので、昼食と夕食のつなぎ的に利用しました。駅そばがある駅が多く(多治見・中津川・木曽福島・塩尻・松本)、しかも主要駅の停車時間は長いので、車内持ち込みはありません。空鉢返却表を拝見すると、以前に【621】でアップした石油ストーブ運用を連想します。
https://shinano7gou.seesaa.net/upload/detail/01988682N000000009/142942022961214020178_s-R0025475.jpg.html
鉄道郵便車保存会 会長
中央西線の駅そば、どこかで食べた記憶があります。米原が廃止するそうで、全国的に減少しているのでしょう。
【621】の石油ストーブ運用、拝見していました。これは正式なものですが、姫路駅そばのものはノートなどに書いた非公式なもので、表向きに掲示はできませんでした。
しなの7号
駅そばは、昔ながらのファストフードなのですが、停車時間や接続時間が短縮されている今では、限られた駅でないと営業は難しそうです。
代行192便
鉄道郵便車保存会会長様
駅弁に関するお二人のお話を、脇で拝見させていただいておりました。
ささやかながら、私の場合の駅弁の好みなどを、お話しさせていただこうと思います。
私も、駅弁に興味を持ち始めたのは、やはり特殊駅弁からでした。幕の内弁当を食べる機会も早くからありはしたものの、当時は味が物足りないと感じ、どちらかと言うと避けていました。
しかしそれからかなり経ってから、幕の内弁当の成り立ち、いわゆる「三品の必須のおかず」のこと、冷めた状態で美味しく食べてもらうための工夫など、何かの文章で知る機会がありました。それがきっかけで、幕の内弁当を味わって食べようとするようになり、次第にハマっていき、いつしか幕の内弁当派となりました。
「うまい米」を売りにしている土地の駅弁には、あえて白飯の美味しさを味わう趣旨の幕の内弁当もあったりしました。
今では、スーパーやコンビニで弁当を買うときも、つい幕の内弁当を選んでしまうほどになっています。
しなの7号
たしかに、「その駅でしか買えない」特殊弁当は、旅行客には「限定」という言葉に似たものとして、ここでなければ買えない→食べてみたい、となるものですね。私も高校生時代から旅先で駅弁のお世話になってきました。同じ値段なら変わった駅弁を食べてみたいという気にはなりました。今はこれまで書いたような理由で幕の内が中心で、おっしゃるように冷めてもおいしく工夫され、ときには俵型のご飯があったり、経木の匂いなど、スーパーの弁当にはない嬉しくなる要素もあると思います。
もっとも自分は食に関して無関心なので、最近はコスパ重視であって、駅弁は高級品となり、鉄道旅行自体ほとんどしないので、駅弁が遠い存在になりつつあります。
今日は自動車で出かけていたので、帰りにスーパーの198円の「肉じゃが弁当(あさりご飯)」を買って夕飯としました。こういうコスパを実現させていることに自分は感動します。(別に買った刺身のほうが高い)