【556】 中山道歩きで見たモノいろいろ(29):バス停と地名

2005年から中山道の宿場を訪問しはじめ、全宿場に足跡を残しました。
旧宿場町や旧街道を歩いていると、自動車なら気付かずに通り過ぎてしまうようなチョットしたモノも目に入ります。
ふだんの生活で当たり前にあるものでも、その地方ごとにチョット違っていたりしますし、裏道になり下がった旧中山道には、現在の表通りとも言える国道や、そのバイパス道では見かけられないようなモノが残っていたりするものです。

今回は気になったバス停と地名にスポットを当ててみましょう。

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八幡宿の入口には立派な八幡神社があります。私は訪問時、青春18きっぷでの日帰りで先を急いでいたので、参拝もせず通り過ぎましたが、その街道沿いにあった千曲バス「八幡神社前」バス停には目を奪われることになります。
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非常に古い待合所があり、その屋根は神社を模した反りのある造りでした。
さらに、その室内がすごいことになっていまして、地元商店や企業の古い広告看板が壁面を埋め尽くしていました。
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2005年7月23日撮影

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望月宿から芦田宿の間にあった千曲バスのバス停「茂田井上」です。
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この簡素な待合所の傾き具合が気になって写真を撮りました。
2005年8月3日撮影

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宮ノ越宿と福島宿の間を歩いていると、こんな名前のバス停がありました。
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「いでじり」と読むようです。このほか木曾には「野尻宿」がありますし、北へ行くと「塩尻市」もあります。尻のオンパレードですが、「出尻」とは…どんな由来があるのでしょうかねえ?
2005年10月22日撮影

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赤坂宿から垂井宿に向かって歩いていると、古い工場にこんな看板がありました。
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○○工業株式会社「昼飯工場」です。お昼のお弁当を作っている工場でしょうか。いやいや、そういうわけではありません。
続いてこんな看板もありました。
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そうです。「昼飯」は大垣市の町名なのです。「ひるい」と読みます。この付近には、貨物専業で美濃赤坂を起点に営業している西濃鉄道の営業路線の一つだった「昼飯線」があったのです。
長く休止路線となっていまして、列車の運行はされていなかったようでしたが、ちょうどここを歩いたころに廃止となったようです。この昼飯線の線路は手動踏切によって中山道と交差していましたが、ご覧のように荒れ果てていました。
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踏切警手の小屋も非常にめずらしく思いました。
2006年5月14日撮影

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最後は守山宿から草津宿へ向かう途中のこの交差点・・・・・
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「へそ」と読む交差点です。
「綣」という字も私は初めて知りました。栗東市にある地名で、「臍(へそ)」とは意味が全く異なるようです。
2006年9月28日撮影

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犬も歩けば…変な地名にあたる?
街道には歴史的なモノ以外にも価値がないながらも、それでいて見て楽しめるモノがたくさんあります。
このシリーズ、来週(木曜日)に続きます。

(このシリーズ記事中の写真には、一部旧中山道そのものではなく、その近傍で撮影したものも含んでいます。)

この記事へのコメント

  • NAO

    しなの7号様、おはようございます。
    駅にもいろいろな規模や機能の違いがあるように、バス停も様々な形態がありますね。
    私の住む街の公営バス停も近年、整備が進み、大きな広告ボードが立つところや、バスの駅と称してジュースの自販機が設置されたり。屋根付きのところではwifiまで設置されていて、私のようなオジサンは新しい話題についていけません。
    ですので今回のお写真を拝見するとローカルムード満点です。
    2015年02月05日 07:01
  • しなの7号

    NAO様 おはようございます。
    バスもバス停も進化しつつあるのですね。
    群馬~長野県内での中山道歩きの始終発地へのアクセスには、よく路線バスのお世話になりました。いずれも昔ながらのバスとバス停でしたが、あれから10年も経っていて、現況はどうか?と思うところです。Googleマップのストリートビューでは八幡神社前と茂田井上のバス停は、そのまま残っていました。いつ収録したものかは知りませんけど。
    2015年02月05日 07:16
  • ヒデヨシ

    しなの7号様こんばんは
    記事の中の西濃鉄道昼飯線
    専用線が好きなので行った事があります。
    私が行った時はその休止中でスイッチバックの美濃大久保駅に大量の石灰石輸送用ホキと数両のヨ8000が休車留置していました。
    ちなみに昼飯駅には留置車輛はありませんでした。
    聞くところによると美濃赤坂から緩急車を先頭にして推進運転で美濃大久保まで行っていたようですね。
    2015年02月05日 22:42
  • なはっ子

    月に一度くらい通る、都内の旧中山道では、歴史の深さを感じることが多いです。そのひとつに、文房具屋兼紙製品屋の店先に、「ちり紙」が並んでいることがあります。この時代に、どこでちり紙が使われるんだろう、と疑問に思いますが。これも、歴史の一端なのだと思います。
    2015年02月05日 23:32
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 おはようございます。
    中山道歩きよりも前に、休止中の美濃大久保には、私も探検に出かけたことがあります。推進運転をする関係上、ワフやヨが使われていたのでしたね。走っている姿を見たかったです。
    2015年02月06日 09:39
  • しなの7号

    なはっ子様
    都内ですと、巣鴨~庚申塚あたりはいいですね。
    私も家の近くのホームセンターでちり紙を持って店から出てきたおばあさんを見かけました。そんなものも売ってるのかと思ったのですが、たしかに売り場にありました。しばらくお世話になっていないですね。ちなみに乗務用の鞄には芯を抜いたトイレットペーパーを入れていました。
    2015年02月06日 09:42
  • やくも3号(へそ天井)

    しなの7号様 こんにちは。
    私の生徒さんで、栗東市綣から来られている方がいらっしゃいます。
    『綣』とは機織りに使う麻の糸のことで、この辺りで昔から麻織物が生産されていたことが地名の由来だそうです。
    てっきり『へそくり』という言葉はおへそ(臍)のあたりにお金を隠すことから来たものと思っていましたが、実際はそうではなく、綣を繰って機を織り、こつこつお金を貯めることなのだそうですね。なので『へそくり』という語の発祥はこの地だということでした。
    確かに滋賀の女性はよく働きますし、しっかり倹約する人も多いので、なるほどそうなのかなと思ったりします。
    2019年06月26日 13:39
  • しなの7号

    やくも3号様 こんにちは。
    「綣」について調査していただきありがとうございました。「へそくり」は「綣」から来ているのですね。地名や言葉の由来は調べていくと意外なところからきていることに驚くことがあります。
    すでにご存じかもしれませんが、国鉄の機関士や運転士はトイレに行ってくることを「カマガエに行ってくる」と言ってました。「カマガエ」とは「缶替え」であって蒸気機関車の「火床整理」の通称で、つまり石炭の燃え殻を地上のピットに落とす作業のことです。それを人の排泄に例えているものだそうで、運転職場の人はSL亡き後もふつうに使っておられたようでした。
    ところで、蒸気機関車の火室内に鉛製の「熔栓」という鉛の栓があり、これが「ヘソ」と通称されていましたが、その由来は知りません。臍のように丸い?からなのかもしれないですが、「熔栓」は2個あるそうです。
    2019年06月26日 18:00

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