先週は黎明期のプラレールの話をしましたが、それより前に0番(Oゲージ)の鉄道模型が家にありました。
画像はカツミ模型店のカタログを撮影したものです。わが家にあった模型は、機関車がカタログ写真とは違い、デッキ付B型電機だったような記憶ですが、カタログ写真とほぼ同じ有蓋貨車と無蓋貨車が各1両あり、似た構成のセットでした。どうやら私が2~3歳のころ、父が買ってきたらしいです。当時は対象年齢など示されていなかったものの、一応模型であって幼児向きではなく、父のオモチャだったと思われました。電気による線路上での走行は父同伴でしたが、車両単体では私のおもちゃ箱に入っていました。父は電気機関車のネジ止め式のウォームギアを外して、動輪がロックされず手で押して遊べるようにしてくれましたから、線路を使わず畳の上や部屋の硝子戸のレールに乗せて遊びました。
私が小学生になるまえには、そのB形電機のボディはなくなって足回りだけになって、それは私がこわしたためか、父が分解して遊んで廃棄したのか、そのどちらかに違いありませんでしたが、記憶がありません。有蓋車もハンダ付けで組み立てられた屋根がはがれたり、開閉式の扉がなくなって、車輪も紛失し、錆びたカーブレール一式と無蓋車1両だけがまともな状態で残っていました。下の写真が、その無蓋車です。
動力車が走るに走れないそんな状態になって、まともなのは、この無蓋車だけになってしまったそのころ、父は新たに凸型電機とタンク車とコンテナ積のチ(コムではない)を買ってきました。私が、模型を自分で走らせてみたくなる年頃でもありました。それが、この3両の車両でした。
こうなると、分岐器がほしくなるもので、名古屋に出た折に、1つ買ってもらいました。
画像は買った当日に鶴舞公園の芝生の上で父が撮影しました。地元で鉄道模型を扱う店は限られており、在庫もごくわずかでしたから、鉄道模型は名古屋に出たときにデパートで購入するしかありませんでした。
0番のブリキ製レールは、ジョイント部が尖っていましたので、子供には大変危険でした。
母はそれをいつも気に掛けていて「目を突かないように」「絶対に人に向けたりしたらいけない」と言いました。車両もブリキ製なので、角で怪我をする可能性があり、乾電池を使用する他のオモチャと違って、家庭電源を変圧して用いますので感電することも母は心配して、模型遊びを歓迎しませんでした。だからこそ小学生になるまで、父が買った0番の線路や変圧器は押し入れあたりに隠されていて、私の目にあまり触れず、車両だけがおもちゃ箱に入れられていたのだろうと思います。
3線式という不思議なレールは、リアル感に欠けましたし、片方の突起を相手レールに挿入するジョイント構造は、レールを接続する方向が限定されてしまい、特殊なレールを間に咬ませないと、プラレールやHO、Nゲージ用レールのようにSカーブを作ることさえできませんしたから、小判型エンドレス+分岐の線形以外はできず、わが家でそれ以上発展することはありませんでした。
そのころの模型界は0番から16番に移行しつつある時期だったはずです。しかし親からは、「小学校に入ったのだから勉強がいちばん。もうオモチャは買わないよ。ほしいものは小遣いを貯めて買いなさい」と言われていました。そして友だちと外遊びをしたり、自転車に乗るようになったりして、家にいることも少なくなりました。ですから、その時点では、より高価な16番に転向することなど考えもしませんでしたし、そもそも近くには鉄道模型を扱う模型店がありませんでしたから、16番の模型をほしいと思うことはなく、大切にしていたプラレールをときには思い出して、父の同僚から返却されるのを待っていたのです。
せっかくですので、来週は0番の模型についての一般的な話をしたいと思います。
この記事へのコメント
NAO
こちら葛飾区亀有公園前派出所の両津勘吉氏が会社の重役クラスのような人たちから、もっと取っておきの0番ゲージを放出してくれよと請願されるシーンを思い出しました。趣味の世界には人々の隔たりがないですね。
同じ3線軌条でも、メルクリンのは中央の線路が枕木部分だけのブツブツ形状で、見た目上手を行っていましたね。
私はHOゲージ自由型ED58セットからのスタートでしたが、パワーパックの構造は写真のとよく似ていて、速度調整の区切り部分中間でダイヤルを止めると電気が流れずに車両が止まってしまい、流暢に走らせるのは子供には難しかったです。
しなの7号
国鉄で荷物列車に乗っていた3年間は、葛飾区亀有公園前派出所は出先の喫茶店でいつも読んでいましたが、その後は読まなくなったので、その話は知りませんね(~_~;)
不思議とメルクリンとかの「外車」は全く欲しいと思いませんでした。0番の「変圧器」は次回の後篇で画像をアップしますが、すごい旧式です。16番でも、あの直接式パワーパックの速度制御方式は今や伝説の世界ですね。
門鉄局
私が幼児だった昭和40年代までブリキは身近な素材でしたね。おもちゃのみならずエンドウ製HOゲージの車両はかなり後年までブリキ製だったと思います。
私の世代はは鉄道模型と言えばNゲージですが、20年ほど前「もういらないからあげる、大事にしてね」と職場の先輩から無償で譲ってもらったのが、HOゲージのカツミ模型製線路パワーパックとキハ65動力車1両でした。タップ式と呼ばれるパワーパックはスピードがガクガクと変わり、素早く操作しないと止まってしまったり実感味に欠けるものでしたが、当時速度を調節したりスイッチ一つで走行方向を変えられたり出来る分、電池のおもちゃより高級品だったのでしょうね。
しなの7号
昔のオモチャは、ブリキをプレス加工して、爪状の突起でパーツどうしをつなぎ合わせたものが一般的でしたね。ブリキ電車のオモチャには乗務員や乗客の姿まで印刷され、今見るとほほえましく手作り感に惹かれます。
16番の車両には当初真鍮を使っていた製品でも、コスト削減からかブリキ製に変わったものもあるみたいです。
0番の変圧器も、おっしゃるようにタップとタップの間に無電圧部分がありました。さらに方向変換は車上式でしたから、より制限が多くオモチャに近かったです。
北恵那デ2
しなの7号
現在の鉄道コレクションは8歳以上とか15歳以上とされているみたいで、3歳未満には絶対に与えるなといったことも併記されています。昔はオモチャの対象年齢の表示などありませんでしたが、0番模型に対象年齢を付与できるのでしょうか?有害玩具になるかもしれない。
対象年齢以上であれば本来の楽しみ方ができるのでしょうけれど、貨車をハンプ?から流す遊びは、あながち本来の楽しみ方でないとも言い切れないわけで、北恵那デ2様が駅でいつも突放入換をご覧になって「単独」で貨車が走っているのをみていた実体験によるものなのでしょうね。
我家での0番はおもちゃ箱に無造作に入れられていましたから程度は悪いです。16番の貨車については機会を改めて記事中で書くことにします。
北恵那デ2
しなの7号
0番のレールは2~3本つないで、武器にできましたからね(~_~;)。
貨車を単独で坂を転がす遊びは、エンドウの貨車をはじめ、16番に広く採用されていたピボット車軸の転がりの良さがあればこそでしょう。
鉄道模型をやる人には、必ずや将来の夢があったわけですが、実現させられる方はごく少数でしょう。それに今さらながら気付いて、壊れた夢のかけらを処分して身軽になっていくのが今の自分ですが、ちょっとは片付いてきましたので、目標である年内のスチール棚の小レイアウト建設着工まで辿りつきたいです。それすら夢かもしれませんが(^○^)
やくも3号
もう一つは、子供が手で押して遊ぶための大きさのものから分離して、大人が『鑑賞』するものとして発展してきたからかもしれません。同様に車のプラモデルも子供向けに手で押したりゼンマイで走る大きなものから、1/18スケール→1/20スケール→1/24スケール→1/43スケールと小さなディスプレイモデルとなり、タイヤが回転しなくても誰も文句を言わなくなりました。子供用にはちゃんとミニ4駆などがあり、別個にそれぞれ独自に進化しているということでしょうか。
しなの7号
以前は限られたゲージのなかで、あらゆる遊び方をあらゆる年代で楽しむやりかたでしたが、ゲージが細分化され、それぞれの規格に適した遊び方を考慮して製品展開されるようになり、同じゲージ内でさえも、販売対象を特定の年代や地域をかなり絞って少量生産していることが多くなってきたと思います。テレビ番組や流行歌から、あらゆる分野の商品についても同じで、世の移り変わりに鉄道模型も乗っかっていますね。
小学生低学年のころ、。★☆は高級品で手が出ませんでしたが「今井科学」製のプラモが作りやすくて好きでした。主にモーター別売で100円の製品でしたが、モーターは買えませんでした。他社にあったゼンマイ動力の自動車には、ゼンマイ動力ユニット部分の取付をビスや爪によらず、ハンダゴテで本体プラの出っ張りを焼いて固定するやり方の製品があって、修正できず一発勝負なので小学生には難しかったなあ、ミニ四駆は子供とよく遊んだ時期がありましたが、接着剤を使わずパーツ交換グレードアップなど、親をも虜にしましたね。
オシ17
オシ17と申します。
私もこれ持ってました。しなの7号さんと同じく、デッキ付きの機関車、確か濃い緑だったような記憶です。幼稚園のころかな?おやじがどこからか買ってきてくれました。扱いが雑だったので、車輪が外れたり、そう、線路はジョイナーがもげたり、枕木?からレールが外れたり、最後はボロボロになってしまいました。
とっても懐かしいです。思わずコメントしてしまいました。(実はこういうコメントとか初めてなんです、取り留めもなくすいません)
しなの7号
コメントありがとうございました。
同じような思い出をお持ちの方のお目に触れたようで、うれしく思います。
他の方のコメントにもあるように、今なら有害玩具に指定されそうなシロモノで、幼稚園児には危険ですね。実際、レールは3本くらいつないで刀のような武器にもなった記憶が(^^)
そういえば通っていた小学校には教材として理科室の引き出しに1セット眠っていました。電気の授業のときに走らせるんだなと思っていたのに、それが授業で登場する機会はありませんでした。