【737】 私の鉄道模型遍歴11: 16番の気動車

私が鉄道模型を始めたころ、地元の中央西線は非電化でした。その直後に名古屋~瑞浪間が電化されましたが、中津川まで電化区間が延びて、私が住んでいたところで電車や電気機関車を見るようになったのは、その2年後の小学5年生のときでした。鉄道模型を始めたころには、蒸機が牽く客貨車列車と気動車列車がもっとも身近な存在だったことから、客貨車のほかには、電車より身近な気動車が欲しいと思ったものでした。中央西線ではキハ17系を主体としてキハ25あたりが混入した普通気動車列車が4両程度で走っていて、模型でリアルに再現できそうなのはTER(遠藤商店)のキハ17系でした。
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デパートに行くと遠藤商店のキハ17系が置いてあるのをよく見ましたし、ストラクチャーやレールを買うと付属してくる遠藤商店のカタログにも、貨車群やレールバス キハ02などとともに載っていましたので、小遣いが貯まるたびに1両ずつ買っていき、キハ17+キハ18+キハ17の3両編成が揃いました。
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これは快調に走り、モーター音が実車のエンジン音にも似ていましたので、長く走りを楽しめました。
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モーターを斜めにマウントする不思議なインサイドギアで、酷使してモーターから発煙しダメになったあとも、インサイドギアとモーターをカツミ製の一般的な製品に交換して活躍し続け、そのあとも小編成でまとまることからディスプレーとしても部屋を彩ってくれました。
そのころの中央西線には急行用のキハ58系も走っていましたが、当時はまだエンドウ製品が発売されていない時期で、実車と似ていない鉄道模型社の製品をときどきデパートで見るくらいで、購入には至りませんでした。

昭和43年10月の中津川電化開業時に、中央西線初の特急が走り始めました。それはキハ181系気動車による「しなの」で、もちろん模型ではこのころには製品化されておらず、もっともよく似た外観のカツミ製「キハ82系」に目が向きました。
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上の画像はその当時のカツミ模型店のカタログからの転載です。活字の「8」が天地サカサマですが、なぜそうなったかは今の世代の方には理解できないでしょう。
小遣いが貯まるたびに1両ずつ買い増してゆき、中学生時代にになると、5両(キハ82+キハ80+キシ80+キロ80+キハ82)編成になりました。
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トレインマークは付属していませんでしたので、紙に列車名を鉛筆書きして車体裏から貼り付けました。はじめは「しなの」に一番近いと思って買ったのに、編成が出来上がるころになると「インチキしなの」では納得がゆかなくなって、トレインマークは「くろしお」としました。たまに出かける名古屋では、当時「くろしお」「ひだ」でキハ80系が見られたころで、「くろしお」には食堂車キシ80が連結されていました。ちょうどそのころに、名古屋に顔を出す1往復の「くろしお」の先頭車が、「いなほ」「ひたち」からの転用されたボンネットタイプのキハ81に置き換えられました。
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5両とも完成品ではなく、EB級電機で組み立て方がわかっていたので、塗装済キットを購入して組んだものでしたが、前後2両のキハ82に1個ずつモーターが分散しており、その協調を保つことが常に課題でした。
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しかし2個のモーターを駆動するには手持ちのパワーパックでは過負荷となり、後にパワーパックを買い替えざるを得ない結果となりました。

私が国鉄を退職して実家を離れた後も、先週ご覧いただいた天賞堂のスハ43系同様に、この特急も実家の玄関先のガラスケース内に長期間にわたってディスプレーされたままになりました。何年も放置していたので、陽が当たる側が褪色し、おまけに床に落下させた車両もあって、状態は最悪になってしまいました。

もちろん、今回取り上げた模型たちはすべて手元にはありませんが、キハ17系は、初めての地元車両の編成モノでしたし、キハ82系は初めての編成モノのキット組み立てを経験した車両たちで、忘れられない存在となっています。




この記事へのコメント

  • NAO

    おはようございます。
    エンドウの気動車はキハ30を購入したことがあります。もちろん両運1両単位で列車が成立するからですが、エンジンが線路スレスレの大きさで、我が家のさして凸凹のない組立て式レイアウトでも線路に触れて停止してしむことがよくありました。
    液体式 2等 TOKYO JAPAN も時代を感じさせるパッケージですね。モノクラス化になってメーカーも印刷し直しを余儀なくされたのでしょうか。
    キハ80も懐かしいです。中学生のときに80系大フアンの友人が居まして、小遣いを貯めて1両ずつ増やしてゆき、最後に2両めのキハ80を買って写真のように5両揃ったところで、見るとそれだけパッケージの箱の大きさが違う。4両めまでは模型店で買ったのですが、塗装済キットをお店で組み上げたようで、最後の1両を購入した百貨店のは純正の完成品、袋詰めした部品を入れる両端スペースが無い分短いパッケージというのにそのとき気付きました。
    2016年11月07日 07:47
  • しなの7号

    NAO様 こんにちは。 やはり、時代がずれると購入車両も変わってきますね。自分の16番時代には、エンドウのキハ30はありませんでした。そのころキハ35系を製品化していたのはカワイモデルで、こちらは高価でしたから手が出ませんでした。 昭和44年の国鉄モノクラス化前後に発刊されたカツミの価格表を見比べますと、遠藤商店のキハ17系の商品名にはモノクラス化前後とも等級について記載がされていません。おもしろいのは、モノクラス化後3年もたってから(昭和47年)発刊された価格表では、カツミ自社製品のほとんどに「キロ80 1等気動中間車」「キハ82 2等気動制御車」(←表記そのままです)の例により等級表示が健在です。それにしてもキハ82に「気動制御車」という表現はどうかなあ…キクハ82みたい。 模型店でキットを組み立てて完成品として店頭に出すということは、よくあったようで私もED58(旧製品)など他の製品で大きい箱の完成品を買った経験があります。
    2016年11月07日 10:49
  • 門鉄局

    こんにちは、しなの7号様。
    エンドウはかつては遠藤商店だったのですね。現在の16番車両と比べるととても素朴な印象を受けますが、キハ10系の特徴は良く捉えていると思います。気動車では珍しい中間車キハ18をはさんだ3両編成がきれいですね。背後のトンネルの上に載った座布団が楽しいです。
    カツミのキハ80系は看板商品だったのか広告などによく登場していた記憶があります。プラスチック製大量生産品にはない工芸品的な美しさを感じます。しかしキハ82が他の倍の値段とはモーター付きとはいえ高いですね。それだけに揃った編成は当時の少年たちの羨望の的だったことでしょう。モーターの協調等調整に苦労しながらもレイアウトを快走したときの喜びは今の即走る模型とは全く違う感動があったに違いありません。この当時のカタログを見ると、未塗装・塗装済みキットから完成品まで品ぞろえされ、腕前や予算に応じて選択出来るようになっていますが、現在は高級化・精密化が進んで鉄道模型はすっかりオヤジ趣味となってしまった感があります。Nゲージでもここまで作り分け再現されているのかと驚くレベルです。逆に素人がうかつに手を入れられにくくなり、作る喜びと苦しみとは縁遠くなりました。反対に建物などの情景パーツが揃うようになってきてレイアウトが作りやすくなったように思います。小さなモジュールでも始めようかなと考えている昨今です。とりあえずは物置部屋の整理からしなくてはいけませんが。
    2016年11月08日 16:19
  • しなの7号

    門鉄局様 こんにちは。
    遠藤商店では、エンドウというブランド名が使われる前、画像の箱に印刷されているように、TERの商標 (Tokyo Endo Rail)が用いられていました。
    キハ17系とキハ82系は、どちらもプレスが多用されていて、そのあっさりした造形は今の精密なディテールを表現した模型とはまったく別物のように感じられますが、プラ製品が一般化されていなかった時代には、扱いやすく丈夫で、年少者向きだったと思います。
    あのころは自分で動力~足回りを調整するのが当たり前で、「動力ユニット」という概念さえありませんでしたね。
    鉄道模型のカタログで思うのは、当時も今も、カタログに載っている商品でも、在庫が常時完備されていないことですが、あまりに多品種になる性格の商品ですからやむを得ないのでしょう。
    Nゲージの情景パーツはほんとうに増えましたね。酒蔵まであるので、個人的にはレイアウトに反映させたいアイテムとしてストックしています。しかし目標としていたスチール棚のレイアウト年内着工は断念し、用地買収?までにとどまっています(^◇^)
    2016年11月08日 17:08
  • 北恵那デ2

    こんばんは。TERのキハ17は、当時としてはお手頃な車輌でしたね。ただ現在のレベルでは、前面から見た場合に実物のイメージと合わないので残念です。モーターが斜め設置というのは初期製品ですね。最近ヤフオクに16番でキハ58系の交流3線式らしきものが出品されてますが、そういうものもあったのですね。ところでキクハ82で思い出しましたのは、電車の記号をまねると運転台の無いキハ80はそのままでいいのですが、キハ82はクキハ82とすべきではないのかということを考えたことがありました。そうするとキハ17はクキハ17であり、キハ18はそのままという考えです。ただ、その後にこの世に出てくることになるキサロ90で破綻します。サロ90となり電車のようになってしまい気動車であることが分からなくなります。キサシ180でも同様です。そんなくだらないことを考えるなということになりますね。
    2016年11月08日 21:52
  • TM

    しなの7号さん、こんばんは。

    エンドウの古いキハ30、持っています。

    当時のカツミやエンドウの模型は、ドア部分が一体プレスのためボケた表現になっており、この点が彫りの深いNゲージと違って弱いところでしたね。幸いキハ30の外吊りドアは別パーツでした。現在なら、キハ10でもドア部分は別パーツの貼り付けとなっていることでしょう。

    インサイドギヤは、ギア比が小さく、スピードが出すぎるので、14:1のギアに取り換えました。

    縦型モーター+インサイドギヤは、いくら調整しても前後進の調子が合わず、これは元々モーターの性能が悪いから仕方ないことだと知ったのは最近でした。

    現在主流のカンモーター(又はコアレスモーター)+密閉式MPギアと比較して、昔の縦型モーター+インサイドギヤは、大電流のために車輪と線路のスパークでレールは汚れるし、剥き出しのウォームギヤが摩耗し、枕木に金色の粉が付くし、組み立て線路は金属製で、鉄板にビニールコーティングされただけで、絶縁がダメになってしまったりと、今から思えばこんなものでよく納得していたのかと、隔世の感がありますね。

    昔の模型は、インサイドギヤのまま残すとしても、モーターをカンモーターに変えるだけで、消費電力が
    ぐっと少なく、音も静かになり、低速性能が良くなりますね。
    2016年11月08日 23:13
  • しなの7号

    北恵那デ2様 こんにちは。
    50年近く前の製品と今のレベルの製品と比べるのはかわいそうですが、このあっさりした前面に貫通部の渡り板が表現されているのが、購入当時にはリアルに思えて、妙にうれしかったのを記憶しています。
    キハ17の画像は左側のほうが最初に買ったM車でした。前照灯ケーシングの直径が後で買った右側のT車のほうが大きくて、少しずつ仕様が変わっていったようですので、インサイドギアやモーターも仕様が変わっていったのでしょうね。
    誰かから突っ込みが入るかなと思いながら本文に「当時はまだエンドウ製品が発売されていない時期で」とサラッと書きましたが、キハ58はエンドウ製のメルクリンブランドで発売され、メルクリン仕様交流3線式でした。
    そういえば国鉄の形式称号について、理不尽だと思うことがいくつかありましたね。気動車の場合も動力車を「キ」とすれば、クモハならぬクキハとなるわけですね。しかしすでに戦前、電気式気動車キハ43000(流線形の奴)の中間付随車が気動車籍でキサハ43500として存在してますから、すでにその時点でその考え方は破綻してしまいます(^^;)
    おもしろいことに、このキサハ43500は電車のサハに化けたあと再びキサハ04(301)を名乗って気動車に復帰しています。このほかにもクが付く気動車としてはキクユニ04という車もあったそうです。(キハ06を1961年に改造 両毛線で使用)
    2016年11月09日 11:42
  • しなの7号

    TM様 こんにちは。
    このころのKTM・TER製品の多くは、一体プレス加工を多用したことで、子供の小遣いでも買えるレベルの価格に抑えられ、鉄道模型入門者向けという位置付けで鉄道模型人口の普及に貢献したかと思います。キハ30の時代にはパーツが増えて加工工程が増えた分、価格も上がったのでしょう。Nゲージでも単品発売が中心であったころと比べて、セット販売中心になった今は、子供や、私のような先頭車だけディスプレーすればいいやとか、基本車種だけあれば十分と思うような貧乏ヲタクには手が出しにくくなりましたが、鉄道模型需要の裾野作りは鉄道コレクションやBトレインが役割を受け持っているのでしょう。
    私は16番から離れて40年は経っていますので、現在の16番の模型の走行性能の感触を実際には知りません(^^;)しかしその進歩は長年、毎月図書館で借りてきていたTMS誌での新製品の紹介記事を見てきて、ずいぶん変わってきたのだということをその都度感じ取ってきました。そしてかつてNゲージのC12の記事で書いたように、あの小さなボイラにモーターを埋め込みながらスムーズな走行を可能にできる技術を見れば想像がつきます。
    枕木・道床部分に付いた金属粉や油も懐かしく思います。本物の枕木や道床の付着した鉄粉みたいでしたし、これでギアの嚙み合わせがよくなってアタリが付くだろうと何周もエンドレスを試運転したことも…
    金属道床のレールは多用しましたが、幸いウチでは絶縁の問題は発生しませんでした。
    2016年11月09日 11:49

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