【795】 模型…その実車の現役時代(6):キロハ25

タイトルを「模型…その実車の現役時代」として、シリーズ記事の継続という形をとりましたが、、キロハ25が現役だったころのことを私はあまり知りませんので、「看板に偽りあり」とも言える内容です。一応、資料でカバーしましたが、あらかじめご承知おき願います。


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キロハ25は、マイナーな印象の気動車で、キハ55系に属する準急用1・2等座席車として誕生しました。しかし趣味的に見ると興味深い車両で、キハ55系の1エンジン車であるキロ25とキハ26を中央で2つに切ってつなげたような車体でした。1等車の需要があまり多くない線区での使用を想定したものだったと考えられ、その活躍場所は限られていたものと想像します。
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製造初年は1958年で、1等室部分が1段窓なのに対し、2等室部分の窓は上段Hゴム固定の2段窓(いわゆるバス窓)になっていますが、1960年以降に増備された後期グループは、2等室部分の窓も1等室同様に1段窓に変更されています。その後期グループはすでに模型化されていますが、増備車の実車を見たことはありませんでした。

先月模型で発売されたのは、1958年製造の2等室部分の窓がバス窓のタイプです。個性的な外観は、小学生だった私の記憶にも残っています。実車を見たのは午後の名古屋駅で、自分が乗る中央西線の下り列車が発車するまでの間に関西本線のホームに停車していました。おそらく急行「かすが」ではなかったかと思います。外部色は、この模型と同じ旧急行色でした。

私の小学生時代の車両配置表を紐解きますと、名古屋機関区に前期グループのキロハ25が4両(1~4)配属されていたことがわかり、私が見たのはその中の1台であったことは間違いないと思われます。また、鉄道ピクトリアル誌の記述によれば、キロハ25は高山本線の準急「ひだ」用として田端から名古屋に転入してきたようですが、それ以前から関西本線用には1・2等合造車キロハ18が名古屋に在籍していたとされていますから、両者は混用されたようにも考えられます。ただ、私がキロハ25を見たころには、キロハ18はすでになく、名古屋区所属の1等車はキロ28が最大勢力を占め、キロ25とキロハ25とが少数残っている状況でした。


このキロハ25のことを、冒頭で「キロ25とキハ26を中央で2つに切ってつなげたような車両」と書きましたが、そんな単純なものではないようです。たいていの車両は、便洗面所の位置が運転室とは反対側の車端部にあるのが普通ですが、キロハ25の場合は運転室直後にあります。
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手前がキロハ25で、後方がキハ26バス窓車です。

便洗面所の位置は1等車の乗客に便利なように配慮した結果なのでしょうか? どうでもいいことですが、ちょうど便洗面所の位置に当たる車体外板には、走行中に通票を受け取るときの衝撃に備える保護板が貼ってあります。トイレに入った時にノックでなくてバーンと衝撃音がしたら、びっくりするでしょうね。これも余談ですが、模型ではユ―ザー取付パーツの便所流し管が運転室助士席側の直下に付くようになっています。これでは乗務員室内に便器があることになってしまいます……。
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実車はそんなことにはなっていないと思いますが、模型では台車に便所流し管が干渉してしまうのでやむを得ず、こんな位置になってしまったのでしょう。それにしても、トイレと運転室のステップとの間隔は隣接するように近いですから、ステップは…KUSAI???。


どうでもよくないことに移りますが、キロハ25が、キハ26やキロ25と大きく異なる点がありました。それは床下を見るとわかります。これら3形式はすべて1エンジン車ですが、キハ26やキロ25が運転室側(前位)にエンジンを配置して前位の台車を駆動しているのに対し、キロハ25だけは後位にエンジンを配置して後位の台車を駆動しています。下の画像は、上がキハ26 1~で、下がキロハ25 1~です。エンジンが前後逆に配置されていることが表現されています。
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同じ系列の車両とは思えないことです。私が考えるに、キロハ25は縦型エンジンを搭載していましたから、エンジン架装部分の室内床面に点検蓋があり、車内の騒音はキハ58系に比べれば大きいです。後位にエンジンを配置して後位の台車を駆動することによって、前位にある1等室内の騒音軽減効果は大きいと思われます。同時に油脂の臭気も防止できるというのが、エンジン配置を変えた理由と考えましたがどうでしょうか? またキロハ25は便洗面所を運転室がある前位に設けたことによって、キハ55系他形式のように便洗面所用の水タンクを車端部の床上に置くことができず、床下に置いています。そうすると、水タンクが邪魔をして前位にはエンジン駆動装置が置けないという事情もありそうですが、それは、前述のように、1等室の騒音防止のため、エンジン架装位置を変えたために、前部の床下に水タンクを吊り下げるスペースが生まれたという、ただの結果であるのかもしれません。


名古屋に配置されていたキロハ25は全車が前期グループ車で、1968年にキハ26の300番台(301~304)に格下げ編入され、他区へ転属していきました。

時は流れて、SLブームが最高潮だった1972年のことです。中央西線は中津川・塩尻間の電化工事が進んで、翌年には中央西線からD51蒸気機関車が姿を消すこととなっていたので、中学生になっていた私もカメラを持つようになって、休日にはその撮影に行くようになりました。そんな秋の10月10日、D51の撮影場所を探しながら南木曽~十二兼間の国道19号線を歩いていると、並行する中央西線の気動車列車の前後にキロハ25格下げのキハ26 300番代の姿を見つけました。キハ26(300番代新急行色)+キハ51+キハ51+キハ26(300番代旧急行色)の4両編成でした。
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当時の配置表によれば、松本にキハ26301~304が配置されていますので、このうちの2両に間違いありません。

これら4両は、名古屋でキハ26に格下げ編入されてから、他区を経由してから中央西線木曽地区の普通客車列車のDC化用として松本に転属していたのだと思われます。

正直こんな身近なところが、名古屋で見覚えがあるキロハ25格下げ車の活躍場所になっていたとは全く知らず、今思えば、もっとまともな場所で撮影しておけばよかったのにと思いました。これは当時の私が蒸機にばかり目を向けていて、身近な鉄道車両にあまり目を向けていなかった報いでもあります。この翌年、中央本線と篠ノ井線が全線電化されるとキハ26 300番台はキユニ26やキニ26に改造されて、国鉄末期まで西日本各地で荷物郵便輸送に使用された後,廃車されています。


<記事作成にあたり、以下の図書を参考にいたしました>

鉄道ピクトリアル2003年3月号

鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション13国鉄の気動車1950

1973年版 国鉄車両配置表(交友社)

気動車ガイドブック(誠文堂新光社)

この記事へのコメント

  • NAO

    こんにちは。
    面白い構造の車両なのですね。優等車両ですが運転席直後の洗面所。タブレットの当たる音もそうですが、運転士、助士の喚呼の声も聞こえてきそうで。
    「第一閉塞進行!」「第一閉塞進行!」
    「〇〇通過!」「〇〇通過!」
    「制限30!」「制限30!」
    「通表サンカク!」「通表サンカク!」
    使用中は落ち着かない洗面所のような。
    最後尾に連結されたら運転扱い車掌さんが車内巡回に出ようとすると、乗務員室出てすぐに洗面所、という構造なのですね。
    後年、普通車に編入された最後のタイミングはモノクラス運賃移行の年だったようですが、おそらくスペースが狭いあの「1」の部分に四葉マークが貼られた車両はなかったのでしょうね。
    2017年05月11日 11:16
  • しなの7号

    NAO様へ

    運転室「第三閉そく注意!」
    トイレの中で復唱「だい〇ん 屁~こく 注意!」

    運転室「奈良通過!」
    トイレの中で復唱「おなら スカ~」

    運転室「草薙5分延!」
    トイレの中で復唱「臭すぎ ごめ~ぇん<(_ _)>」

    旧客ではトイレと乗務員室間違える客はたくさんいましたね。
    雑誌の履歴表を見ますと、キロハ25はモノクラス化直前までに全車が格下げされているようです。
    2017年05月11日 13:39
  • つだ・なおき

    はじめましてこんばんは。大阪市在住57歳の鉄道ファンです。
    たいへん興味深い記事、いつも楽しみにしております。
    さてキロハ25。キロハ時代には見たことはありませんでしたが、
    格下げ後のキハ26400番台には、福知山線でよく乗車しました。
    大阪ー篠山口間の快速列車に、よく充当されておりました。
    小窓と座席がちょっとだけゴージャス(笑)でしたね。
    ではまた。よろしくお願いいたします。
    2017年05月11日 22:06
  • しなの7号

    つだ・なおき様 ご投稿ありがとうございます。
    大都市直結路線で、寄せ集めのような旧形客車と中古気動車の活躍の場となっていた福知山線と中央西線は、性格的に似た路線ですね。手元のP誌に掲載されている履歴を見ると、キロハ25の格下げキハ26の300番台とキロ25の格下げ車400番台の両方ともが福知山区に足跡を遺しています。
    寄せ集め編成では、どんな車両が来るか、今日は当たりかハズレか、そんなことを思って列車を待ったものです。中央西線ではキロ25の急行間合い普通列車のハ代用(2等車解放)の列車があって、乗ったことがあります。これもキロ28と共通運用だったみたいですが、リクライニングがなくても背面テーブルあるのがお気に入りで、窓も上昇式のキロ25のほうが、座ったまま顔を出せる(良い子は真似をしない(;^ω^))のでけっこう好きでした。
    2017年05月12日 09:16
  • 門鉄局

    こんにちは、しなの7号様。
    キロハ25、一見するとキロ25とキハ26をぶった切ってつなげただけのように見えますが、エンジン・駆動台車を後位に持ってきて前位にトイレ・洗面所を配置するなど設計陣の苦心の跡が伺えますね。ロ室・ハ室で几帳面に合わされた窓配置も楽しいです。キハ55系は乗務員室が開放的で前面展望が楽しめて好きでしたが、この車両は無理ですね。乗務員的には「トイレの前かよ」という反面、「客から見られんでいいわ」かな?少数派でキユニ・キニの種車に真っ先に選ばれたのかこの300番台は見たことがありません。キロ格下げの400番台は乗車したことがあり1等時代そのままの車内は快適でしたが、ふと思い出した「時刻表2万キロ」の1節
    「普通車になり果てた旧グリーン車」とはこの車両のことだろうと推測し、「壊れていなければ背も倒せる」とあるので倒そうとするとレバーがない。リクライニングシートじゃないから無理やん、宮脇さん間違えているよ!という当時の変な思い出があります。「私は車両についての知識がないので、えへへへ」と言われそうですが。
    2017年05月12日 10:14
  • しなの7号

    門鉄局様 こんにちは。
    T社のHG仕様ですから、床下も忠実にキハ26とは作り分けされていますが、昭和の時代でしたら床下は共通パーツ化されてしまいそうなキロハ25です。余談ですが実車のキハ26は、キハ55に将来改造可能なように台枠構造はキハ55と同じだったそうです。そんな改造も想定していたとは思いませんでした。だからキハ26の水タンクは床置きなのかと納得しました。
    乗務員目線で見ると、キロハ25の乗務員室はいいですね。しかし車掌から言わせると、駅の到着時に直下の黄害撒き散らし風景を見たくないです。風で巻き上げられたら…(>_<)
    時刻表2万キロのその部分、私も同じことを思いました。それは指宿枕崎線だったと思いますが、そのあと九州ではロングシート化されて600番台になった車両が多いですね。
    2017年05月12日 13:45
  • やくも3号(軽量化中)

    しなの7号様 こんにちは。
    しかしまぁこいつといい、オロハネ10といい、なんというキモさを放つ車両なんでしょうか 笑。厚化粧の女性が左半分はすっぴん、右半分はこってりメークにした時の比較写真を見たときと同じような不思議感が漂っています。
    エンジニアリング的には、軽量化と剛性の保持のための涙ぐましい努力で『せめて半室だけでもバス窓を採用しました』ということなんだと思いますが、クモハ451の外吊りドアとかキハ55系初期の車端の丸みとか同様、『言うほどでもなかったんで量産型はやっぱ普通の形にしまーす』ということだったんでしょうか。。
    エンジン搭載位置を逆にしたのは静粛性を得るためだったのでしょうが、ぼくならばたとえ一等車でも、エンジンの爆音が聞こえて来る方がうれしくなります。(爆音自動車にわざわざ乗っているぐらいですし)

    床下機器を見ますと、近頃の模型は本当にバリエーションにあわせて造り変えているんですね。「金型を一つ変えるだけでもクラウンが一台買えるぐらいかかるから、なるべく流用または妥協してね」と言われ続けていたのでうらやましいです。
    2017年05月13日 16:34
  • しなの7号

    やくも3号様 こんばんは。
    やくもの3号様が実車を見たら、気がふれて寝込んでしまわれる形式ですね。おっしゃるように設計者の思いをあれこれ想像してしまいます。
    この形式、縦型エンジンなので相当うるさいと思いますよ。まあ爆音好みの方には結構なこと…などと言ってる私は、下北交通の旧国鉄キハ22だったキハ85(←形式名だけはすごい)に乗ったときに、縦型エンジンの直上に乗って録音してきました。寝るときに聞くことがありますが、よく眠れます。タペット音がガシャガシャとにぎやかです。
    模型で「新製品!」として出る模型でも、Assyパーツ一覧表を見ると、そこかしこに既成旧製品のパーツを流用しているのがわかりますね。キハ91のライトユニットは西武クハ5507用になってましたが、有効利用してコスト削減効果があるのでしょうね。
    2017年05月13日 21:46
  • 門鉄局

    しなの7号様、こんにちは。
    再度キロハ25ネタで失礼します。
    やくも3号様のコメントで大爆笑、「左半分はすっぴん、右半分はこってりメイク」とは言いえて妙ですね。オロハネ10もキモいというかエロいというか微妙です。(笑)わざわざ1等室を静粛にするためエンジン位置を変更したり、設計者の苦悩が感じられます。「今日も残業だ。あれこれ注文ばっかり付けやがって、キロハなんて大した両数作らんだろうに」なんて若手技術者の嘆き声が聞こえてくるようです。
    私の車は国鉄式に言うとGMF2.5Sになるのでしょうか?変速機は「機械式」です。新車からずっと一緒19年目の大古車ですがタービン音でキハ91・181系を想い、変速操作でキハ01系レールバスや04・07などの旧型気動車に思いを馳せてます。
    子供の頃から好きな機関車の一つにED72がありますが、中間台車が貧相で細身の洋装の美人がなぜか下駄を履いて外出したように見え、76と同じだったらもっとかっこいいのにと思ったものでしたが、完璧過ぎないそれも魅力の一つですかね。
    キハ919を先頭に立たせたくて、ライトユニットを調べましたが「売り切れ」のようで残念です。流用する車両の発売時には再生産して欲しいのですがメーカーの都合も色々あるのでしょうね。
    2017年05月14日 18:26
  • TOKYO WEST

    こんばんは。
    おぼろげですが昭和45~46年頃、小海線から信越本線長野まで直通する普通列車にこれが連結されていて乗った覚えがあります。旧ハ室がバス窓か一段窓かまでは記憶していませんが、エンジ色のモケットは覚えているので、旧ロ室に乗ったのは間違えないです。
    あと、同じ頃の房総東線(現在の外房線)の急行「そと房」では、全席が旧1等だったキロ26 400番台(旧キロ25)が、座席を向かい合わせにして普通車指定席として使用していたのを思い出しました。
    2017年05月14日 20:03
  • しなの7号

    門鉄局様 こんばんは。
    鉄道ファン的に気になる車両の多くは異端車が多いですが、設計者や現場の方には苦悩の種そのものだったり、厄介者だったりすることが多かったように思います。趣味的な観点だと、外見やスペックなどが気になりますが、中の人に言わせればそういうことはどうでもよくて、性格が気になるという違いでしょうか。そして実際に恩恵を受ける乗客は、苦労も、好みの問題も、全くお構いないというか気付かないわけですが。

    機械式変速機の自動車を運転したのは、15年くらい前に会社でAT化が進んで1台だけ残った社用車が最後かな。会社では不人気車でしたが、ときどき私は意識的に出張に「指名」してました。家のクルマは一昨年まで14年間、国鉄流に言えば「GMC 0.66S」でした。現在乗っているのには、末尾のSがないですが燃費は2倍です。惰行時の転がりが良く、また減速~停止時に電車の回生ブレーキが失効するときの感触も味わってます。

    キハ91 9を先頭に立たせたいと思う方は多いでしょうね。Assyパーツで前面ホロとカプラーセットがキハ91 9専用パーツになっているのが意外でした。
    2017年05月14日 20:55
  • しなの7号

    TOKYO WEST様 こんばんは。
    P誌掲載の履歴によれば名古屋区のキロハ25 3が昭和43年にキハ26 303に格下げされて中込に配置されているようですから、それかもしれません。

    私は昭和49年の夏休みに銚子電鉄へ出向いたとき、急行犬吠でキハ26 400番代に乗りました。その時は自由席に使用されていました。そのころは房総急行の普通車指定席が冷房車の時代になったので、自由席用に再格下げ?されたということでしょうか。復路も急行犬吠に乗りましたが、全車キハ28の冷房車編成でした。
    2017年05月14日 20:56
  • ヒデヨシ

    しなの7号様おはようございます
    このバス窓タイプのキロハ25の格下げ車300番台?
    小海線で旧急行色のまま走っていたと思います
    間をおかずキユニになったのでしょうか?
    トイレ流し管の位置は模型ではしょうがないですね
    旧型客車など台車の横にあるものもありますし
    おそらくTOMIXもわかってやっていることでしょう。
    マイクロエースキハ53は排気筒が助手席の扉辺りの屋根上に開いてます
    いったい室内の取り回しがどうなっているのか気になりますw
    2017年05月20日 08:16
  • しなの7号

    ヒデヨシ様 こんにちは。
    TOKYO WEST様へのコメントに書いたように、小海線のそれはキロハ25 3改めキハ26 303ではないでしょうか。P誌掲載の履歴によればキロハ25 3は1968年10月に格下げされ中込に配置。それからの履歴は記載されておらず不明ですが、キハとしての最終配置は浜田で1973年10月にキユニ263に改造。その年(1968年)3月の配置表によれば、その時点で小海線管理所に所属していますから、キハ時代のほとんどを小海線中心に運用されていたのではないかと推察します。

    T社のHG気動車では両運転台でトイレが車端にない形式はみなトイレの位置と流し管の位置がずれてますが、やむを得ないことですね。しかし運転室の助士席が洋式便器になっていれば、乗務員としては臭いけれど、長距離乗務にも安心だなあと思います。便器にまたがって「通ひょオマル!」
    2017年05月20日 13:43
  • 北恵那デ2

    こんばんは。記事を記載されてから相当な日数を経ておりますが申し訳ございません。キロハ25が構造的にそれほどまでマニアックであったということを改めて知った次第です。中央西線のD51が終わりに近い頃キロハ25が改造されてキハ26の300番台になり、松本運転所に配置されていたとのことですね。私はD51の撮影に出かけるために乗車した経験があります。D51のダイヤに合わせるとその列車が一番都合が良かったようで、複数回乗った記憶があります。運用の都合でキロ25改造のキハ26の400番台が連結されていることもありました。自分の乗車記録を探してみましたら、昭和48年5月13日に823Dのキハ26 302号に乗車の上で車内音を録音していたことが判明しました。これらの複数回の乗車で、ディーゼルカーのエンジンと変速器の音を楽しむことを覚え、それが未だに忘れられません。現在は「青空フリーパス」という便利な切符がありますので、時折わざわざ遠回りして太多線に乗り、今風のディーゼルサウンドを楽しんだりします。
    2017年05月31日 22:33
  • しなの7号

    北恵那デ2様 こんにちは。
    昭和48年5月13日に823Dの乗車記録があるとのことですが、その日は私も同一行動していたかもしれません。あいにくそのころ乗車記録を取っていませんでしたが、撮影記録がありますので、ネガでその日の行動を追っていくと、823Dか811Dのいずれかで南木曽下車。田立~南木曽間の旧線で列車撮影。827Dで上松に移動。寝覚の床やC12164の入換を撮影して、91系きそ3号6802Dに乗って再び南木曽、ここで後補機付5881レの撮影に失敗(フィルム巻き上げ失念)したあと、832Dで帰っているものと思われます。そういう記録から当時の行動を検証するのは面白いと思うようになりました。
    どうもありがとうございました。
    蒸機が牽く列車にはなかなか乗れない今、気動車のエンジン音は電車に比べてはるかに「自分で走ってる感?」が味わえますね。私も名古屋市内に飲み会に行くのに、遠回りで多治見~美濃太田~岐阜経由で出かけることがあります。ICカードを使うと、この環状線内に限った特例で、距離が近いほうの運賃を差し引く規則ですので、気動車の旅を安価に楽しめます♪
    2017年06月01日 09:20
  • 北恵那デ2

    おはようございます。そうでしたか、当時の記録が有るものは、撮影したもの録音したものがほとんどになります。どなたと乗車したというような記録は全くありませんので、そこら辺は記憶に頼る以外にありません。気動車は「自分で走っている感」が味わえますか、なるほどそうかもしれませんね。ただ、現在のキハ25は自動車の変速とそっくりで、興ざめですが。
    2017年06月03日 07:38
  • しなの7号

    北恵那デ2様 こんにちは。
    面白いことに、その昭和48年5月13日の翌週からしばらくの間、SL撮影に行った時などに乗車した列車や車両番号の記録が残っています。それまでそうした習慣がなかったのに、昭和48年5月13日一緒に行った方々の影響を受けて、メモを取るようになったものと思われますが、長続きしませんでした(^◇^)
    気動車は勾配区間や加速時に電車に比べて息づかいが伝わってくるように感じますが、最近のは高性能でそうでもないですね。いかにも苦しそうなエンジン音が止んで直結に入り、さあ走るぞ!っていう感じなど好きでしたが。峠だとそのまま直結に入らず惰行運転でそのままだったり。
    2017年06月03日 09:05

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