【835】 スチール棚の企画展12:乗務した列車をイメージしてみる

国鉄在職中に乗務した列車のイメージを模型で再現してみようという企画展です。
例によって所有するNゲージ模型には限りがありますので、忠実に再現することはできません。模型を眺めて30~40年前にやっていたことを思い出しながら、その雰囲気だけでも味わえればという程度のことです。そして今回登場する展示車両も、前回同様ほとんど全部が以前このシリーズで出演した模型ばかりです。
スペースの関係もありますので、定期列車を対象にしました。
以下の3枚の画像がその全容です。
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ところで、先月まで拙ブログは定期更新の間引きをしながら運転していました。その間にも古い記事に多くのアクセスをいただきました。古い記事にも興味を持ってご覧いただけるとはありがたいことです。改めてお礼申し上げるとともに、今回は展示車両(列車)ごとに、拙ブログで過去に書いた関係記事のリンク集のような形態にいたしました。

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①  381系電車
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車掌になってからすぐに、中央西線で回送列車に乗務したことに始まり、専務車掌になってからは「しなの号」で退職間際まで乗ることになった車両です。揺れるせっかく曲線を高速で走れる新技術を取り入れた新型車両だったのに、独特な揺れによって乗り物酔いしやすいことで評判を落としてしまった特急で、私の最終乗務列車にもなりました。
模型は9両編成で国鉄時代を再現しています。
【199】乗務した車両:381系電車

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②  485・489系電車
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「しらさぎ3号→12号」で1度だけ北陸本線の12両編成で見習乗務したことがありますが、本務で「しらさぎ」に乗務したことはありません。本務で489系に乗務した例は、神領電車区から名古屋まで「しらさぎ3号」になる回送列車に乗務した1度だけにすぎません。そのときはグリーン車1両に減車され食堂車不連結になった9両編成で、まったくの格落ち編成でしたが、その代り両端クハがボンネット形でした。模型ではモハユニットに2組の485系を咬ませてみましたが、この時期にそんな編成はなかったと思われます。(うちの489系模型はモハユニットが1組しか配置されていないのです。)
【834】思い出の乗務列車54:中央西線489系 回3M…そして京都鉄博

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③ 80系気動車
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80系気動車には高山本線の「ひだ1号→4号」に1往復だけ乗務したことがありました。このことは記事化していませんので、次回に書くことにします。→「【836】乗務した車両:80系気動車
乗務したときは基本6両編成でしたが、模型では7両増結編成にしてあります。増結はよくありましたし、専務車掌になる前(59.2ダイヤ改正より前)には基本編成が7両でした。

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④ キハ58ほか急行気動車編成
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キハ57・58・65・28・キロ28といった急行形気動車には、車掌時代に急行間合いの普通列車でよく乗務しましたが、模型では、急行「紀州」用のキニ28が連結された夜の武豊線を1往復していた「948D→953D」を表現しました。
【328】思い出の乗務列車11:武豊線948Dのキニ28

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⑤ 153系・165系・155系電車混成快速編成
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車掌になったころ、主に東海道本線の中京快速用として大垣電車区153系の8両編成がありましたが、165系や155系も組み込まれることが多くありました。京阪神の新快速が117系化されると、余剰になった冷房付153系が大垣に流れ込んで冷房化が促進され、在来の153系の非冷房車と155系が廃車になっていきました。
【87】乗務した車両:153系電車
【88】乗務した車両:155系電車

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⑥ 117系快速電車
そのあと中京快速の153系・165系の後継車種として117系が大垣電車区に新製配置されました。はじめは6両編成を組んで東海道本線で使用されましたが、国鉄最後のダイヤ改正(61.11)時にクハだけが追加で新製されて全編成が4両編成に組み替えられました。その結果として編成数が倍増し、列車増発に寄与しました。このとき配置区が神領電車区に移って、新たに中央西線にも入線しました。  ↓
【98】乗務した車両:117系電車(2)その国鉄時代
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⑦ 211系電車   ↑
国鉄最後のダイヤ改正(61.11)時に東海道本線快速用に4両編成の211系が2編成神領電車区に新製配置され117系とともに東海道本線の快速に使用されました。(運用は117系と共通でなく独立)
ステンレス車体に新幹線カラーの帯は斬新でした。
【197】乗務した車両:211系0番台

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⑧ 111・113系電車
国鉄時代に、公私とも最も乗車する機会が多かったのが、この電車だったと思います。この系列では、古い在来車は非冷房で夏は暑く、冬は暖房が効かず寒かったことが思い出されます。それに対して私が国鉄入社後に新製された2000番代では、同じ113系とは思えないほど改善されて、夏の冷え過ぎや冬の暑すぎに気を配らなければなりませんでした。   ↓
【75】乗務した車両:113系電車(1)
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⑨ 旧形客車   ↑
すべての面で時代遅れと思えた国鉄時代の関西本線。1982年の亀山電化までの関西本線名古屋口の、時代遅れの象徴ともいえるのが旧形客車列車の存在でした。私たちの年代が名古屋近郊で日常的に旧形客車の乗務に携われた最後の年代になります。ヲタク好みの旧形客車ですが、今ではありえない非自動の扉からの飛び降り飛び降り。ホーム反対側からの乗降など、乗務する側としては恐ろしい列車でありました。
【64】乗務した車両:旧型客車(1)

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⑩ キハ40系・キハ30系・キハ55
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車掌になったころ、これら普通列車用の車両は首都圏色と通称される朱色に塗られていました。晩年は名古屋には来なかった亀山機関区のキハ55が急行色を保ったまま、普通列車に使用されたこともありました。一般形気動車を使用した列車は、武豊線、関西本線、伊勢線、中央西線で乗務していましたが、1両だけの単行から、急行編成との併結まで、気動車ならではの編成バリエーションがあって、その日の車両形式によって、がっかりしたり、当たり!と幸運を感じたこともありました。
【110】乗務した車両:キハ55形気動車
【106】乗務した車両:キハ40系気動車
【104】乗務した車両:キハ35系気動車

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⑪ コキ50000系高速貨車
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東海道本線と関西本線ではコキ50000系高速貨物列車に乗務しました。コキフ50000の乗務は何もすることがなく楽でしたが、とにかく揺れました。乗務した列車を牽く機関車は列車によってEF66・EF65・DD51・DE11とがありました。
【189】乗務した車両:コキフ50000

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⑫ 荷物専用列車
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国鉄に就職した直後は荷物車乗務員で、東海道・中央・篠ノ井・関西・紀勢各線区で荷物車に乗務していました。東海道本線ではEF58(一部EF61)が牽引しました。荷物車は1両単位の運用が決まっていて、その中には連絡船で航送される運用もあって、北海道から四国、九州まで荷物輸送の全国ネットワークが形成されていました。
模型は1976年ごろの東海道本線「荷42」列車をイメージしました。茶マニ、青いマニ50と郵便車、パレット輸送の銀色スニ、私の国鉄生活の原点が荷物列車ですが、自分が専務車掌になったころには、荷扱乗務が業務委託化されつつあったので、私は専務車掌(荷扱)を経験することはなく、末期のEF62牽引時代をほとんど知りません。
【549】思い出の乗務列車46:東海道本線 荷42列車

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⑬ 貨物列車2編成
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中央西線ではEF64重連による飼料輸送のホキ2200とガソリン輸送のタキ43000を連ねた専用貨物列車がありました。積車で重い下り列車ではそれぞれ別列車で運転され、空車を連ねた上り列車では両者を併結した列車が深夜~未明に多治見~稲沢間(~笠寺)で見られました。下は下りのホキ2200編成の記事です。
【311】思い出の乗務列車3: 専貨5799~5899列車

何といってもマニアックで面白いのは途中駅で解結を繰り返す貨物列車ですが、ここで最前列に持ってきたのは、ヤード間を速達直行運転されたEH10が牽引する東海道本線の快速貨物列車のイメージです。模型では貨車の車種は実際の列車にとらわれず、適当に並べただけです。たとえばタンク車1両ごとのスタイルの違いを眺めているだけでも私には十分楽しめるのです。
【577】思い出の乗務列車52:東海道本線快速貨物4163列車

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旅行などでプライベートで列車に乗るのとは違って、仕事で乗った者にとっては、いい思い出よりも失敗をしたときのことや困り事が起こったときのことなど、わるいことのほうを思い出してしまいます。それ以外には空中に舞う鉄粉の匂い、ブレーキの緩解音、連結時に自連がぶつかる音、ホースを切る歯切れ良い音などなど、視覚以外のことも模型を見ると思い出すものです。




この記事へのコメント

  • なはっ子

    ブレーキ緩解音、とは停車中に聞かれた、シュウーシューと繰り返し聞かれた音でしょうか?素人で、技術的なことが分からずすみません。あの音は好きでした。周囲に何もない田舎の駅に停車中、聞こえるのはあの音と鳥の声だけ、というのが懐かしいですね。
    2017年12月16日 21:28
  • NAO

    こんばんは。
    サロの乗務員室で身体半分だけ座ってレチチさんと話された特急列車、夜勤明けで便乗される急行列車、裸足になって長時間待機されたのちに便乗された普通列車、停車時間が短く、今から乗務する編成すべての車番が転記出来ないコンテナ列車、クイチはじめ停車駅でお湯汲みをされた荷物列車、入れ替え作業後に助役が喫茶店代を負担して下さる貨物乗務.....。そんな記事お話しを思い出しました。
    一人で判断の単独行路もあれば相勤の方々に気を遣うチームプレーもあってどちらも苦労が伴う列車だったのでしょうね。
    思い出の模型をアップされてそんなことを思い出して申し訳ございません。
    2017年12月16日 22:59
  • はやたま速玉早玉

    しなの7号様、こんばんは。
    最後におっしゃる通り、私のように旅に鉄道を利用する(通勤にも利用してますがほぼ全区間、夢の中です。数回寝過ごした経験有り)者としては嬉しい楽しい思い出が得られています。昔の国鉄奈良線でキハ35、現在の高山本線でのキハ25、いずれもロングシート、ハズレ引いてがっかり、国鉄時代京都駅で113系電車を見て『いつもコレかぁ』とがっかりした思い出もありますが…業務として携わった方々の苦い思い出には足元にも及びませんね。

    朱色のキニを伴う58系DC急行編成には『格下感』が。先日私もキユニ、キハユニを58系(キロ2両込みの豪華急行編成)に引っ付けてみました。アンバランスさを楽しめるのも模型の醍醐味でしょうか。

    中央本線では石油運搬のタキが今も現役ですね。流石に緩急車は居ませんが、この定光寺駅でEF64重連タキ牽引貨物列車に遭遇、思わず撮影してしまいました。
    2017年12月17日 00:55
  • しなの7号

    なはっ子様 こんにちは。
    ブレーキを緩めると、ブレーキ装置から大気中に圧縮空気が放出されてシューと音がしますが、ブレーキ装置によって音の高低、音質、長短などが違っていて、特に旧形客車のは最高に好きです。旧形貨車のは長い長い空気排出音がしますが、タキ1000などはヒュンと一瞬。タキ1000を連ねた編成かと思って見ていると、ブレーキテストや発車前のブレーキの緩解するときの音で、よく似た国鉄型タキ45000などが混じっているなと一発でわかったりもします。最近の車両では383系しなの号の吐息のようなヒュ~という大きな音も色っぽくて?いいと思います。
    2017年12月17日 13:55
  • しなの7号

    NAO様 こんにちは。
    さて、どこでそういうことを書いたか定かではなくなったりするようになってます(*_*;
    だいたい模型からは、出先のことや直接の仕事と関係のない雑用まで思い出しますので、そういうことを書くことになるわけで、本業の仕事のことを書けと言われても、仕事に付帯することの思い出のほうが多かったりします。言ってみれば車掌の本業は異常時を除けば単純作業が多いのもまた事実であります。
    2017年12月17日 13:56
  • しなの7号

    はやたま速玉早玉様 こんにちは。
    「ハレ」の日である旅行と「ケ」の通勤や仕事では、心持が違うものですので、思い出すことも違ってきますね。ハレの日の旅行でのキハ35は悲しいものがあります。
    前にも書いたことですが、急行紀州のキニ26やキニ28は常に急行編成にくっついていたのに急行色にはならず、伊勢運転区のキユニ26は、普通列車に連結されていたのに急行色で変でした。きちんと整わない編成が好みなのは私の性分ですので、模型にはそれが自然と反映してきます。
    四日市から稲沢を挟んで長野県へ向かう石油輸送列車は国鉄時代からDD51とEF64のリレーによって行われ、今も重連運用で健在なのはうれしいことです。最近は黒い国鉄形タンク車を見かけなくなったような。
    2017年12月17日 13:56
  • クハ381-111 

    しなの7号様

     ご無沙汰しております。
     自ら乗務した車両が、鉄路から去り逝き103系電車が関西都市圏から撤退して国鉄車両も風前の灯となりました。

     今のJR社員に比べ私たち国鉄職員は、旅客から貨物にそして電車、気動車、機関車と多種多様な経験が出来、ある意味、恵まれていたと思いました。

     私も、乗務したり、入換をしてきた車両達を集めています。381系でガンガン飛ばしたりとか、113系で山坂を駆け登ったり、103系で遅延して乗客に怒られたりと、模型を眺めながら30年前を懐かしく思い出しています。

     列車掛、車掌をされていた方でしたら、様々な線区を乗務されたので線形の違い、格差も体験されていると思います。
    高速貨物コキは、10000系は乗り心地が良かったみたいですね、私どもの線区は50000系でもなく格下の5000系ばかりでした。路盤も弱くよく揺れたと聞きました。
    2017年12月18日 11:48
  • なはっこ

    ご親切な解説をありがとうございました。基本的なことを理解せずに乗車していました。旧客のあの音は、今でもマネできます。電車ごっこを卒業して、人様にご披露することは一生ないとは思いますが。。。
    2017年12月18日 12:26
  • はやたま速玉早玉

    しなの7号様こんにちは。
    11月30日(木曜)、定光寺を14時36分頃に通過する下りの貨物列車に黒タキが連結されていましたよ!
    後ろ3両が全て黒タキでした。
    2017年12月18日 14:38
  • しなの7号

    クハ381-111様 こんにちは。
    自分が仕事で関わった車両で、身近なところで乗れる車両はごくわずかになりました。特に地元のJR東海で残る国鉄時代の車両は211系0番代の2編成だけで、103系や113系電車、キハ40気動車なども地元から見られなくなって久しいです。おっしゃるように我々の時代には、多種多様な車両に乗務し、それぞれに個性があって、自らが操作し調節をしたことも、今では車両まかせになったりして、年寄りの昔話になってしまいました。
    運転士と違って車掌は乗務範囲が広いわりに線形や閉そく信号機のことは何も知らないものです。そのかわり線区ごとの特徴など違いは感じます。
    10000系は1度見習乗務で乗っただけでした。コキフ50000に10000系の台車を履き替えた改造車コキフ51000番代にはよく乗りました。未改造車かどうか、乗継のときには台車を確認して一喜一憂するくらいに未改造のコキフ50000の上下振動は気になりました。
    2017年12月20日 15:04
  • しなの7号

    なはっ子様 
    自分も技術系の業務をした経験は、貨物列車に乗務した列車掛時代の1年半だけですから、ブレーキ関係のことは貨車のこと以外を学習する機会はなくて、それほど知らないです。電車ごっこは孫が小学校に入学するあたりまでは人前で披露することがあるかもしれない(;^ω^)
    2017年12月20日 15:05
  • しなの7号

    はやたま速玉早玉様 こんにちは。
    石油製品の需要期となる晩秋~早春は中央西線でも貨物列車が増発されますから、夏場には遊んでいる黒タキたちも活躍するということでしょうか。
    2017年12月20日 15:08

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