以前、【873】「交通科学博物館」のこと~津山で再会した車両たちの中で、大阪にあった交通科学博物館のパンフレットの表紙などをアップしましたが、今回は京都鉄道博物館としてリニューアルされた梅小路蒸気機関車館と聖地だった交通博物館に関係するものをアップします。
上の画面でC56が写っているほうは、初めて梅小路に行った時のものです。当時は中学生でしたが小児料金が適用されていたようです。D50が写っているほうは、国鉄に就職する直前、つまり高校の卒業式の後、2回目に訪問した時のものです。
この後はしばらくご無沙汰しましたが、国鉄分割民営化後には子供たちを伴って幾度か訪れました。
JRロゴが入るようになり、入場料金は値上げされていきます。鋏痕がある入場整理券から入館記念券に名称が変わったのは、券売機対応になった入場券を入場時に回収し、代わりに記念券を交付する方式に変わったからなのでしょうか。
こちらも古いものは「見学記念入館券」となっていますが、時が移り「見学記念券」に変わり、最新のものは「入館記念券」になっています。同じ施設の記念券でも名称は変わっていくものです。
記念券だけでなくパンフレットも、行くたびに違っていました。
ご承知のように旧梅小路蒸気機関車館は現在京都鉄道博物館に取り込まれています。京都鉄道博物館になってからは2回訪問していますが、最初に行ったときの同行者とは「入館券」の車両画像が違っており、さらに2度目に行ったときにも違った車両の写真になっていることに気が付きました。券売機対応で何が出るかお楽しみという企画のように思えます。
いただいたパンフレットも、一度目の訪問と二度目の訪問時には微妙に違っていました。
パンフレットは表紙だけでなく内容も変わっており、印刷した年月が小さく書かれていたので、すでに時の流れによる内容の変化が出てきているようです。
以上、どうでもよいコレクションでしたが、これまで何度か申し上げているように、私のコレクションは、一般的な価値観を以てその数や希少性を競うものではなく、むしろ人が集めたりしないもので、自分が訪問したり、なにか関わったときの物品を手元に遺しておきたいという思いの表れであって、それが溜まった結果として、それを見比べて楽しんでいるだけのことです。
この記事へのコメント
門鉄局
梅小路蒸気機関車館は昭和52年の初訪問以来幾度となく通いました。初訪問時は松阪市在住で近鉄特急で京都まで、京都市電も健在でした。
最初の保存機の写真の入館券よく覚えています。初訪問時は開館5周年記念ということで、野外に「あき」のヘッドマークを付けたC59が展示されていましたが、隣にナンバープレートを外され、錆だらけのC11180が留置されていたのが不可解でした。
昭和54年に高槻市に引っ越したので一躍梅小路が身近になりました。鉄道好きの友人たちと度々訪れたものでした。当時はブルトレブームもあり、鉄道趣味が小学生の間でポピュラーだった時代で「今度の日曜梅小路に行こうよ」と言うと必ず数人集まったものでした。
関西の人間からすると万世橋の交通博物館は憧れの存在でしたが遂に訪問することはありませんでした。ある程度の年齢になると一人でこの手の施設に行くのが恥ずかしいと思うようになったこともあります。
東急バスと電車の博物館に行ったとき、誰もいないのをいいことにシュミレーターをしていたら後ろにきた子連れの
母親に「あれがマニアな人!」と言われたので即エマー停止、にっこり笑って「どうぞ」と譲ってあげました。
しなの7号
たとえ名古屋まででもなかなか行けなかった田舎の中学生が梅小路まで行くのは、個人的には一大イベントでした。それも、父が国鉄職員だったので、割引証が使えて交通費が安かったという家庭環境だったからできたことでした。放置状態で扇形庫の横に留置?されていたC11は覚えています。ほかに保管場所はなかったものかと思いました。あのころはDISCOVER JAPANキャンペーン~SLブーム~しばらくしてブルトレブーム、赤字国鉄と言われつつもまだ国鉄に対する世間の視線は温かかったし、子供たちも国鉄に熱い視線を向けてくれたころですね。
アップした入場券、子連れで行った時のものが多いです。万世橋の交通博物館、実は国鉄就職後に乗務で汐留に行ったときの折り返し間合い時間に出かけたことがあります。そのときはシミュレーターをやらなかったので?、他の見学者はマニアな人だとも、仕事途中の鉄道員とは思わなかったはずです。門鉄局様の場合は運転がうまくて「あれがマニアな人!」と思われたんでしょうけれど、まさかプロ運転士だとは思わなかったのでしょうね。こういうところには、けっこうプロが来るんだろうな。
門鉄局
即エマー停止したのは母親の「あんな大人になったらダメよ」という感じだったからです。
これで給料もらってやってるんだよ、場所がら高給取りの旦那がいるんだろうがと思い、あえてイヤミったらしく譲った思い出があります。
まあ本職だとは思わなかったでしょうけど。
しなの7号
そういうことでしたか。しかし実際に乗務しておられるときに「あんな大人に~」と言われることはないと思いますが、国鉄の場合は荷物列車の乗務中、ホームにいた子供が、「おかあさん、おかあさん!檻の中に人がいるよ!」親は親で「勉強しないとああいうふうになるよ」と、こちらに聞こえるように言うわけで。。。
実際、周りの子供に構わず運転室にかぶりつく大きいお友達なども見掛けますし、鉄ヲタとはそういう人たちという偏見?はあるんでしょう。そういう行為は論外としても、宮脇俊三が書いたように「児戯に類した」行為に熱心になっている鉄ヲタの行為や考え方は理解されがたいでしょうが、しょせんその趣味に疎遠な皆さんにとってみれば当然でしょうね。