【1148】あの年の5月19日《1973年》

また1973年です。
5月19日は土曜日でしたので、前の週と同じように半日で学校が終わると、そのまま家には帰らず、直接中津川駅から下り列車に乗っていました。この日の行先は上松と大桑。上松へ行った理由は、上松駅で入換作業を終えたC12が所属区である木曽福島に戻る際にD51牽引の貨物列車の後付になるので、その列車を撮影しようということでした。しかしこの日は納得のいくものが撮れず、後日改めて出かけることになります。
ついでに上松駅の裏手にあった王滝森林鉄道の車庫にも行っています。
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そしてもうひとつの目的地、大桑に向かいました。
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下りの後補機付き貨物5881列車と上りの重連貨物872列車との行き違いです。山間部の夕暮れ時で条件は最悪でしたが、日没が遅い時期なので何とか写りました。この下り貨物5881列車は、一昨日書いた平日の下校時に中津川を発車していく貨物列車です。その下り貨物5881列車が発車したあと下り181系DCしなの3号が続行し、上り貨物872列車はしなの号が通過したあと発車していきました。
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ネガの順番からそれが読み取れましたが、雑誌にあったダイヤグラム上では、上り貨物872列車は、しなの3号を待たずに発車することになっていました。

<2010年5月19日13時30分追記>
時刻変更か運転整理の結果かと思っていたのですが、いろいろ調べていたところ、その雑誌(1973年4月10日発行のSLダイヤ情報)が出版された直後の1973年4月27日に中央西線でダイヤ改正があったことがわかりました。そのダイヤ改正内容まではわかりませんが、ダイヤ改正によって列車順序が変わったと考えていいように思われます。


これでこの日の予定は終了ですが、こういうときでも帰りの列車の中では、いちおう教科書を開いてテストに備えていたような記憶はあります。しかし連日の行動からお察しのとおり、惨憺たる結果になることが多いのは当然のなりゆきでした。

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この記事へのコメント

  • おんたけ号

    しなの7号様
    こんにちは。
    先週は返信ありがとうございました。
    「スリーナイン」はやはり正解でしたか。
    30数年前、藤山台に住んでいた時の勤め先の先輩(独身)が
    毎日の朝食場としていたので覚えていました。

    ここから本題です。
    木曽森のSAKAI C4「みどり号」と「みやま号」の並びが
    良いですね。
    小生の幼少期、三岳村(当時)の叔父の家に行く時、何度か
    木材運材列車は見た記憶がありますが、たぶん客車牽引
    列車は見た事は無いです。
    小生のHNである「おんたけ号」を生で見たかったなあ。
    SAKAI C4で。
    書籍、「木曽谷の森林鉄道」掲載写真も「おんたけ号」
    はC4ではなく、F5なんですよねえ。
    又、鉄模でK社やT社で出して欲しいと思いますが、無理
    でしょうね。(某メーカーさんのは高いし、トミーテック
    のを塗装変更等の改造は面倒なので)

    木曽川沿いの王滝線跡の林道は、御嶽山登山時等、三岳
    や王滝に行く時は必ず走っています。
    御嶽山が見えるとテンションUPです。
    またまたくだらないコメント、失礼しました。

    2024年03月10日 16:56
  • しなの7号

    おんたけ号様 こんばんは。
    「おんたけ号」は朝夕に運転される通勤列車だったようで、日中の木曽福島と上松の入換用C12/C56の撮影を兼ねていた私が「おんたけ号」を上松で見る機会はありませんでした。「木曽谷の森林鉄道」に掲載された「おんたけ号」を牽くSAKAIのF型の画像は、ナンバーが「136」のように読み取れますので、F5型ではなくF4型10トン機だと思われます。私が知っている林鉄末期にはF型最後の「136」はすでに廃車となっていたらしく、稼働中の姿を見た記憶はなく、上松に留置されている姿しか知りません。発表されている王滝本線の旅客列車の写真は日中に走るC4型牽引の「みやま号」が多く、「木曽谷の森林鉄道」の「おんたけ号」の写真は希少ですね。F型機が稼働している写真としても希少だと思います。
    2024年03月11日 20:12
  • おんたけ号

    しなの7号様
    こんにちは。
    間が開いたコメントですいません。
    やっとルーペが見つかったので小生も確認しました。
    確かに136号機ですね。失礼しました。

    話は変わりますが、コロナ禍で人と接触しないようにして
    いた期間、とは言え退屈なので久しぶりに定光寺自然休養
    林に保存機を見に行ったら、無くなっていて「まさか解体
    されたか?」とさみしい思いをしましたが、後日、もしや
    と考え「りんてつ倶楽部」さんのHPを覗いたら里帰り転居
    との事でまずは一安心。
    しかし、近場で見れなくなったのは残念ですね。
    尾張旭の保存機の現況は未確認です。

    毎度の長文、失礼しました。
    2024年03月24日 17:10
  • しなの7号

    おんたけ号様 こんばんは。
    保存された車両も、その場所が安住の地になるとも限りませんね。最終的にその車両ゆかりの地で、保守管理ができる皆さんによって後世にその地にあった鉄道の生き証人としての役目を務めていただくのがベストだと思います。
    【1279】あの年の9月27日《1979年・2008年》
    https://shinano7gou.seesaa.net/article/202008article_27.html
    で尾張旭の保存機のことを書きましたが、その機関車は下呂市小坂町に移転しています。移転先には未だ訪問する機会がありませんが、小坂森林鉄道研究会様のFBによれば、整備が続けられているみたいです。「木曽谷の森林鉄道」の51ページにある「カナ書きサカ井33号機」ですね。
    2024年03月25日 20:32
  • おんたけ号

    しなの7号様
    こんにちは。
    そうでした、過去記事の事失念しておりました。

    改めて確認したら、「ひめしゃがの湯」に保存されて、
    立山砂防の5トン機もあり、動態を目指しているとか。
    簡単ではないでしょうが、頑張って戴きたいですね。

    「ひめしゃがの湯」と言えば、
    25~6年前の冬に、秋神温泉の氷のオブジェを見に行った
    帰りに入湯して以来、行っていないので、機会を見て行く
    計画をと考えております。

    以上、失礼しました。
    2024年03月31日 15:38
  • しなの7号

    おんたけ号様 こんばんは。
    その保存場所にある「ひめしゃがの湯」はオフィシャルサイトによると昨年2月から休館中とありました。
    最近は日帰り旅になってしまった「車掌区時代の先輩2人と私の計3人で行く温泉旅」で、サカ井の見学を兼ねて行くにはお手頃な目的地だと思いましたが、残念です。
    2024年03月31日 20:37

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