【1387】 鉄コレ52系飯田線スカ色4両セットとスチール棚の現況

8~9年も前に購入したまま、長らく手を付けることなく放置して段ボール箱の中に眠っていたTOMYTEC鉄道コレクション「国鉄52系1次車飯田線(横須賀色)4両セット」「国鉄52系2次車飯田線(横須賀色)4両セット」を、先月になってNゲージ化改装したうえでスチール棚のひな壇に展示しましたので少し触れておきます。改装したと言っても、パンタグラフを金属製に交換し、カプラー・車輪をNゲージ用に取り換え、ウエイトを載せて補重しただけのことです。今では市場には車両はもちろんのこと、対応する動力ユニットも在庫切れのようですので、2編成とも現状は無動力です。しかし当面走らせることはないので無問題であります。

《2021.10.17追記》メーカーより「対応する動力ユニット(TM-17 動力ユニット20m級用B2)は2022年3月再生産」とのアナウンスあり(^^♪

この2つの4両セットは、どちらも先頭車と中間車がそれぞれ同じ形式2両ずつセットされていますが、同じ形式であっても各車の細かい違いが作り分けされていることに、このたびNゲージ化の工作をしていて初めて気が付き、「たかが鉄コレ、先頭車2両と中間車2両はそれぞれナンバーの印刷以外は同じ車体なのだろう」という認識を改めることになりました。その違いについて書いておきます。

はじめに「国鉄52系1次車飯田線(横須賀色)4両セット」から。
内容は「クモハ52001+サハ48021+サハ48024+クモハ52002」です。すべて狭窓で、紙箱には「32系サハ48との編成を組んだ1978年(昭和53年)頃の編成を再現しました。」とあり、小さな字で「※模型には実車と異なる箇所があります。」とも書かれていました。

2両のクモハ52について
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上の画像左:クモハ52001 右:クモハ52002
ワイパー位置(002助士席側の窓枠の太さの違いも塗装で表現)の違い・ジャンパ栓受有無の違いを表現

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上の画像左:クモハ52001 右:クモハ52002
パンタグラフ脇のランボード形状の違いをモールドで表現

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上の画像の上:クモハ52002 下:クモハ52001
運転室側屋根上の手摺の位置と数の違いとパンタグラフ配管の位置違いを表現
パンタグラフ本体は購入後に当方でNゲージ用に交換したものです。箱の説明文にはパンタグラフ別売パーツはPS11が指定されていましたが、そのすぐ下に「※パンタグラフはトミックス製品より近似の物をご案内致しており、実車と異なる場合もございます」と注意書きがありました。実車でそれら個々の違いをまったく知らなかった私は、図書館で参考書(宮下洋一著「写真で綴る飯田線の旧型国電」ネコ・パブリッシング刊)を借りて調べてみましたところ、クモハ52001だけPS13へ換装されていたことがわかりましたので、実車に合わせてあります。

というように、同じクモハ52狭窓車でも作り分けがされていました。
同様に、中間のサハ48のほうも、差異表現がされていました。
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上の画像の上:サハ48021 下;サハ48024
客用扉のプレス表現の有無、車体下端部と客用扉周囲のリベット(一列か二列かの)表現、行先表示板差しの位置、車側表示灯の位置、非常用ドアコック設置場所位置表示の印刷位置の違いが表現されていました。
床下は機器パーツが差し込み式になっている鉄コレ標準仕様ですが、「写真で綴る飯田線の旧型国電」によれば「48021は1位側空気で2位側電気・48024は逆」となっており、その製品の機器配置も実車に則した向きになっていたのも細かい配慮だと思いました。

次に「国鉄52系2次車飯田線(横須賀色)4両セット」です。こちらはクモハ52広窓車2両と70系サハ75-100番台2両で編成され、内容は「クモハ52003+サハ75102+サハ75103+クモハ52005」で、「1977年(昭和52年)頃の編成を再現した」ものとされていました。そのほか、箱には「クモハ52003は、更新修繕の際に張り上げ屋根のまま雨樋が取り付けられたが、クモハ52005は雨樋位置が普通屋根となり趣が異なる車両となった」ことと、2両のサハ75-100番台は「製造年により台車と屋根布の貼り位置が変更されるなどの差異」があることも書いてあったので、同形式でも仕様が変えてあることは購入時からわかっていました。そのほか小さな字で「※模型には実車と異なる箇所があります。」という注意書きがあったのは1次車と同じです。

そのほかにも同じ形式での差異表現がされていました。
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上の画像左:クモハ52003 右:クモハ52005
ジャンパ栓受有無の違いは、一次車同様に表現されています。52003には、助士席側窓下の種別表示差しがなかったのですね。こういうことも実車ではまったく気付いていませんでした。旧国の奥深さの一部なのでしょう。

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上の画像の上:クモハ52005 下:クモハ52003
1次車同様に運転室側屋根上の手摺の位置と数の違いとパンタグラフ配管の違いが表現されていました。

最後に2両のサハ75-100番台について
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上の画像の上:サハ75102 下:サハ75103
前述の台車の違いと屋根布の貼り位置の違いのほか、非常用ドアコック設置場所の違いも作り分けがされています。さらによく見ていくと車端の客用扉の窓ガラスが102が鉄枠押え、103はHゴム支持になっているのは芸が細かい!
そのほか、75102はベンチレータの数が75103より1つ少ないことと、ベンチレータの大きさ自体が75102の方が大きいことに気が付きました。
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こういう作り分けは実車に則してなされているのでしょうが、実車で確認しておらず、それ以前に知識がない私には判断できかねますが、私が今回参考にした「写真で綴る飯田線の旧型国電」の分類表を参照すると、かなりの部分で正しく表現されているだろうことが確認できました。

買ってから長期間放置していた鉄コレを今回引っ張り出すまでの間に、KATOからは決定版ともいえる飯田線シリーズが旧国を含めて続々と発売されるに至り、鉄コレの飯田線旧国のバリエーション展開は途切れてしまっているようです。自分自身が参考書に頼らないと飯田線の旧国の分類などまったくできないモデラ―ですから、鉄コレ程度のレベルがちょうどよいようです。高価なKATO製品には今のところ手を出していませんが、KATOで製品化されているクハ68(トイレ付400番台)とかクモハ53007あたりは、安価な鉄コレで発売していただきたいなあと思っています。もっとも、一口にクハ68の400番台と言っても、本家の51系のほか40系や43系由来の車両は別形式のように形態が違うわけですから、旧国は簡単には語れないですね。

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現在のスチール棚(ひな壇部分)には、その2編成の鉄コレ52系飯田線(横須賀色)4両セットを含め、国鉄形を中心に一部JR車を含めた快速・普通列車用電車が並んでいます。(毎度のことですが、地元である中部地方に馴染みがあった車両中心に偏っていることはご容赦願います。)

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展示内容は以下のとおり(ひな壇のみ。小レイアウト部分は省略)

◆1段目(最上段)⇒国鉄153系ブルーライナー新快速6両・JR東海313系8500番台3両・JR東海313系3000番台3両(左側から順・以下同じ)
◆2段目⇒国鉄211系0番台4両・JR東海211系5000番台4両・JR東海213系5000番台2両
◆3段目⇒国鉄117系4両・JR東海103系(国鉄色)7両
◆4段目⇒国鉄111系4両・国鉄113系2000番台4両・国鉄165系3両
◆5段目⇒国鉄52系2次車(横須賀色)4両・国鉄52系1次車(横須賀色)4両・JR東日本115系1000番台(コカ・コーラ塗装)3両
◆6段目⇒国鉄70系(300番台含む)4両・国鉄42・51・40系混成(横須賀色)4両・国鉄115系1000番台(湘南色)3両
◆7段目⇒国鉄70系6両・国鉄115系800番台4両+クモニ83-800番台(横須賀色)
◆8段目⇒国鉄80系6両・国鉄80系(300番台)4両+クモユニ74(湘南色)
◆最下段(最前列)⇒国鉄153系・155系・165系混成8両

以下3枚の画像は、ひな壇の左方・中央・右方の順
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ほとんどの展示車両は、「スチール棚の企画展」シリーズをはじめとした過去のブログ記事で書いたことがあるので、個々の編成に対する自分の想いなどのコメントは省略します。

今回の展示では、52系を含めて横須賀色の電車が6編成展示してありますが、伝え聞くところによれば、しなの鉄道で復活していた115系横須賀色の編成もついに引退とのこと。代表的な国鉄色も、模型の世界や過去の画像や映像で偲ぶしかなくなってしまいました。横須賀色は中央西線の70系ですごく身近に感じてきた塗装だっただけに、日本の鉄道から「国鉄」がまた遠くなった気がしております。
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◆私が今回参考にした図書「写真で綴る飯田線の旧型国電」は旧版で、2020年に増補版が発刊されています。また電子書籍化もされています。
(下のリンクは増補版の電子書籍になります。)

この記事へのコメント

  • 木田 英夫

    しなの7号様、おはようございます。
    今回は大きな電車区の雰囲気ですね。3番線の103系、4番線の113系2000番台が思い出深い電車ですので、コメントさせて頂きます。

    40年程前ですが、大阪-杉本町間を電車通学しておりました。環状線はオレンジ色の8連、阪和線はスカイブルー色の6連の103系でした。2年目の頃に、銀帯非ATCの新車が入って来て、この車に乗り合わせた時はラッキーと思ったりしていました。阪和線の方は6両全部新車でしたが、環状線の方は、なぜか8両のうち7両だけが新車で、乗り換えの都合でいつも乗っている先頭車が古い車で、少しガッカリしたものです。
    同じ頃、113系2000番台の新車にも、赤帯(奈良-大阪快速用)とブルーライナー色(阪和線快速用)がデビュー。杉本町には快速が止まらないので乗る機会はありませんでしたが、赤帯車の方は何回か乗ることもありました。

    それから約40年、最後の写真の103系に見られるシルバーシートのマークや、JR発足時に先頭車に貼られたJRマークも今日では見られません。スカイブルー色や湘南色もそうですが、スーパー103系や113系さえも大阪近郊ではもう見られません。さすがに省線電車という言葉は使われないですが、そのうちに国電と言う言葉もなくなってしまうのかも知れませんね。

    朝から少し寂しい話になってしまい、申し訳ありませんでした。木田英夫
    2021年09月03日 10:21
  • しなの7号

    木田 英夫様 こんばんは。
    私の地元中央西線でも国鉄時代には他線区から転入した中古の通勤・近郊形電車が多く、70系・72系・103系・113系など使用された車両にも阪和線と共通点があるようです。けれども中央西線の103系は、全車が首都圏の中古ばかりで新車は1両もなく、低運転台車ばかりでした。それに103系入線前に使用されていた72系の中には、1974年に阪和線の103系化で不要になったモハ72が含まれており、神領電車区でオレンジ色の車体のまましばらく留置されていたのを記憶しています。(運用開始時にはアルミサッシ化など近代化改造され塗装もスカ色に変更されました。)
    新車の近郊形電車が配置されたのは1978年に70系置換用113系2000番台がデビューしたのが最初でした。在来の隙間風だらけの非冷房113系0番台とは別形式のようでした。
    そんな名古屋圏では「国電」とは首都圏のものという認識でした。分割民営化の2年前の60.3ダイヤ改正でデータイムの普通列車の増発によって等時隔ダイヤが実施され、そのときに「国電型ダイヤ」という文言が広告に使用されました。
    https://shinano7gou.seesaa.net/article/201702article_4.html
    もちろんこの地方でそのダイヤ改正後に「国電」と呼ばれることはありませんでしたが、そのダイヤは国鉄最後の61.11ダイヤ改正から、のちのJR東海に入ってからのダイヤ改正のたびに進化し続け、今では見違えるようなダイヤになっています。同時にJR他社より速いペースで新車への置換えが進み、名古屋地区での103系や113系は今となっては遠い過去の車両という印象です。
    2021年09月03日 19:38
  • オレンジ快速

    お元気そうでなによりです。
    小学生のころ鉄道好きの自分よりよく知っている友達が
    サハ75,サハ85について教えてくれました。普段中央線で
    乗るときはだいたい親について乗ってましたので乗り口は
    決まっていてうるさいモハでした。
    初めて乗ったサハは静かでおまけにふかふかで子供には
    大きすぎるようなゆったとした紺色のシートはなにか得したようなきぶんになりました。
    冬の寒い時期は階段に近い乗り口のドアだけつっかえ棒を
    してほかのドアは閉めてましたね。
    2021年09月07日 12:12
  • しなの7号

    オレンジ快速様
    生存確認更新記事?への訪問ありがとうございます。
    私も中央西線の70系をよく利用しましたので、小中学生時代には、70系ならサハ75・サハ85狙いをしたことがよくありました。しかし珍しい時期を通り越し、高校以降になって通学・通勤で日常的に中央西線の列車を利用するようになると、編成中ほどにあって定員が少なく混雑するサハよりも、名古屋方の空いたクハ76を愛用するようになってしまいました。

    「つっかえ棒」の話は以前「【555】103系・113系の車内保温」で113系・103系時代の話を書いたことがあります。
    https://shinano7gou.seesaa.net/article/201502article_1.html
    そのころ、使われなくなった片開ドア用の短い70系用つっかえ棒がホームの跨線橋の下とかに放置されていたのを見た記憶があります。(どこの駅だったか思い出せません。)
    70系は同じ3扉近郊形の113系より暖房がよく効いた記憶です。
    2021年09月07日 20:19
  • やくも3号

    しなの7号様 こんばんは。
    そうですよね。関西にはなじみのないスカ色車両が並んでいるこれこそが、中京圏のラインナップですよね。(113系スカ色新快速は私は見たことがないので)
    なので、博物館っぽいところにある急電色のモハ52は名古屋には不似合いですので京都に下さい。

    模型のほうですが、しかしなぜこんなに精密になったのでしょうかね。車の模型でも、走るのはミニ四駆、飾るのはディスプレイモデルに棲み分けが出来たように、鉄道模型もおもちゃから脱却したことでしょうか。
    そして、購入者の目が肥え、ネットの発達などで批評がしやすくなり、よくいえば声が届きやすくなったが、悪くいえばマニア層に要求に対して看過出来なくなってきたゆえなのでしょうか。
    (ちくわ社のモハ52は所有していますが、あれは考証的にはどれくらいのものかわかりませんが・・)

    しかし、模型化に際し、設計者はどこで詳細な資料を入手したのでしょうね。車なら意外と実車が残っていたりするものですし、あるいは、メーカーから資料が貰えたりすることもありますが、鉄道車両の子細な設変に対応する模型メーカーの調査力に驚きます。これを見ると、『阪急が全部同じで羊羹にみえる』などとは言っていてはいけませんね。もと模型屋としては。
    ということで、昨日、また【700】のページにある広告のサイトから、ようかんを注文させていただきました。
    楽しみ。
    2021年09月18日 20:44
  • しなの7号

    やくも3号様 こんばんは。
    スカ色は西日本エリアでの採用例は少ないですね。思い当たるのは阪和線と福塩線の70系くらいでしょうか。さらに遡っても70系は近畿圏では茶坊主だったり、阪和線も最初は阪和色が採用されていたようですから、スカ色に懐かしい感覚を持つのは関東・中部地方の者ということになるでしょう。

    急電色のモハ52は名古屋には不似合いとのことですが、そもそも117系が大垣に新製配置されたとき、あの色は関西の伝統色であって、名古屋には不似合いと思ったことを思い出します。

    鉄道模型の進化は、目が肥えた購入者の意見が反映された結果なのでしょうが、鉄コレでもそういうこだわりが製品に生かされていることに感心しました。

    楽天市場でのお買い上げありがとうございました。売上報酬は自動車用のタイヤゲージ購入の足しにさせていただくことになりそうです。長年の使用してきた棒状のタイヤゲージが正しい空気圧を表示しなくなったので、ダイヤル式に買い替えます。無動力状態のクモハ52の動力ユニットを買う足しにしますと言いたいところですが、今のところ品切れで、プレミア価格のようなので再生産まで気長に待つとします・・・。
    2021年09月19日 20:00
  • 木田 英夫

    しなの7号様、やくも3号様、おはようございます。
    最近のコメントの目次からこちらに入り、18日付けと19日付けのコメント読ませて頂きました。

    確かに大阪近郊で横須賀色を見ることはまずありません。昭和45(1970)年にデビューした初代新快速と、万博関連の臨時列車の「万博号」くらいしか見た記憶がありません。小学校5年生の時のことです。写真も撮れていません。

    堂々とグリーン車を2両つないだ横須賀線、1両つないでいたグリーン車も利用客の減少のためかずっと前に廃止された京阪神地区の快速列車。勝手な想像ですがこのような土地柄の違いも、横須賀色が大阪地区で採用されなかった理由の一つかも知れません。

    模型の話しですが、初代新快速の頃は入門者向けの詰合せセットや、自由型のEB66やED58等ありましたが、今日では高価なスケールモデルばかりです。NゲージにはBトレインショーティがありますが、これから模型を始めようとする人にとっては、かなり敷居が高いと思います。

    最後に、しなの7号様へ。
    1番線のブルーライナーですが、臨時列車で名古屋方面にも乗り入れていたのでしょうか。てっきり新快速の専用塗装と思っていたのですが、差し支えなければ、宜しくお願いします。

    やくも3号様へ。
    「阪急が全部同じで羊羹に見える」の例え、今回初めて聞きました。よかったのかまずかったのか、好みが分かれるところではありますが、京都線の6300系特急車から、頭(屋根)を白くされたり、顔(前面)を触られたりと、だんだん同じに見えなくなっています。ご承知かと思いますが参考までに。

    今回も横須賀色の件、新しい発見でした。これからも宜しくお願いします。  木田 英夫
    2021年09月23日 10:29
  • しなの7号

    木田 英夫様 こんばんは。
    鉄道に限らず、あらゆる分野で関東と関西には独自の文化がありますが、関東の湘南色は東海道本線の電化延伸で関東から関西まで直線的に伝播したものの、横須賀色にはそういうことがなく関西までたどりつかなかったということだったのでしょうか。中央西線の70系は単に横須賀線の中古車が回され、そのままの塗装で使用された結果に過ぎないのでしょう。

    鉄コレ流電のNゲージ化をしたあと、手元にあるBトレ機関車のNゲージ化もやってみました。古い自由形の16番の模型を彷彿とさせるかわいらしさに半世紀まえの模型趣味の原点に立ち返る思いがしました。

    ブルーライナーが、臨時列車で名古屋方面に乗り入れたことはないと思いますが、153系ブルーライナーが117系化されたことによって、宮原区で余剰となった153系の一部は中京快速の非冷房車置換用として大垣区へ転属してきました。その結果、中京圏で在来の湘南色と混成で運用されるブルーライナー色を見る時期がありました。それとは別に、宮原区のブルーライナー色のクハ165が神領区に転属して急行に使用されていた時期もありました。
    【1077】あの年の3月9日《1975年・2010年》
    https://shinano7gou.seesaa.net/article/202002article_9.html
    2021年09月23日 20:18
  • やくも3号

    しなの7号様 木田 英夫様 こんばんは。

    サハ75のドアコック位置の作り変え、簡単な金型のコマ替えではなさそうですね。わざわざ別々の車体の金型を起こしたように見えます。私が模型を設計したときにはコストを抑えるためにいろいろ妥協したり流用することが多かったのですが、鉄コレは車種的にも大量に出回るものではないでしょうから、どうやって採算がとれているのでしょうか。
    ガンプラしかりですが、これから中国生産品は従来のようには流通が厳しくなりそうで、鉄道模型も高騰しそうですね。


    さっき、このサイトのリンクから買わせていただいた羊羹が届きました!
    『阪急が羊羹にみえる』は私一人が勝手に言っていることでして、職場が阪急京都線の線路沿いですので阪急電車は毎日見ておりますが、でも、たとえ屋根が白くとも、やはり羊羹にしか見えません 笑。
    早速それをおいしくいただいている最中ですが、上部が砂糖化してカリカリに白くなっているのを見ると、ますます白い屋根の阪急電車に見えてきました。
    2021年09月24日 23:25
  • しなの7号

    やくも3号様 こんばんは。
    サハ75-100番台は、飯田線以外には中央西線しか使用実績がないマイナーな存在だったのに、よくぞ作り分けされた状態で製品化されたものと思いました。比較的安価な鉄コレで細かな作り分けができたり、複数車種を同時リリースできたのは中国製だからということなのでしょうか。今後鉄道模型を買うことは多くはないとは思うのですが、高額になったり、生産中止にならないよう願っています。

    羊羹で阪急電車を作ってみた方はおられるようです。
    h ttps://entabe.jp/news/article/1765
    2021年09月25日 20:31

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