【1485】 変わりゆく風景(4): 店舗の変化・その他諸々

日々の暮らしのなか、知らず知らずのうちに街は姿を変えています。当たり前にあったこのが、しばらく時を経て再訪したら、風景が一変していたということもありますし、写真などでに比べてみないとわからない些細な変化まであります。

今回は身近にある店舗など商業施設の移り変わりを眺めてみましょう。とは言っても、残っている旧画像が中央西線の撮影に行った行き帰りのついでに撮影した画像が多いので、どうしても中央西線沿線に比較的近い場所の画像に偏ってしまいました。

高蔵寺駅近くにある家電量販店の様子です。
▼2004年10月・2022年12月撮影
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「CaDen」から「YAMADA」に変わりました。画像がありませんが「CaDen」のまえは「マツヤデンキ」でした。

CD/VIDEOレンタル店。
▼2002年8月・2022年11月撮影
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GROOVEからTSUTAYAへ
ちょうど20年経っています。VHSビデオテープの時代からDVD、そしてネット配信へ時代の移り変わりは速いです。

▼2005年7月・2022年11月撮影
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建物は変わっていませんがディスカウントストア「ミッキー」からドラッグストア「B&D」へと変わっていました。名鉄バス路線から春日井市から名鉄バスが受託するコミュニティバス(春日井シティバス「はあとふるライナー」)に変わりました。

バスがらみでもう一つ
▼2003年11月・2012年11月のJR春日井駅前の比較画像です。
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同じ行先を表示した路線バスですが、ジェイアール東海バスから名鉄バスに変わっています。
両画像とも、旧駅の正面に横付けしたバス停に停車している画像です。国鉄時代から国鉄バス乗り場が駅の正面にあり、名鉄バスはロータリーの少し離れた場所が乗り場でした。JR東海バスの路線は2009年にジェイアール東海バスが一般路線バス事業から撤退し、名鉄バスが後を引き継ぎました。その後もジェイアール東海バスから引き継いだ路線だけは、名鉄バスになってからも駅正面にあるこの乗り場を使っていました。
春日井駅は、そのあと橋上駅に建て替えられ、この場所はバスの降車専用場所になり、この大池住宅行バス乗り場は、従来からある名鉄バス乗り場に統合されています。(春日井駅本体の改築については別の機会に・・・)

ラストに付録画像を!
店舗ではありませんが、長野県内の温泉旅館内にあるお化け屋敷入口に居る「一つ目小僧」
▼2016年6月と2019年9月の比較です。
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レストランの窓越しに見える位置だったので非常に気になり朝食のときに写しておいたのですが、3年後に再訪したときには、別人になっていた・・・
近年は遠方への旅行をしなくなりましたが、その代わりに一泊で近くの温泉へリピートで出かけることが増えましたので、こんなことに気付くようになりました。



この記事へのコメント

  • とうかいしれい

    春日井駅以外は近所過ぎてビックリ。
    いずれも、今の店舗の時代しか知りません。
    このエリアに来たのが2006年。
    記事にある3店舗に変化が起こった後に引っ越してきたということのようです。
    2023年10月02日 19:52
  • しなの7号

    とうかいしれい様
    そうでしたか!国鉄から転職したとき春日井市民になり、その当時は東部の山の上のほうに住んでいましたので、これら3店舗(旧店舗)をよく利用してました。そのころは、この店舗から近い中央西線沿線にはまだフェンスも少なくて、列車の写真も撮りやすかったですし、撮りたい列車も多かったのですけどね。
    2023年10月02日 21:05
  • おんたけ号

    しなの7号様
    こんにちは。
    先回の返信コメントに対してです。(聞き流して下さい)
    小生の母親も東区(黒門町)出身です。次いでですが、嫁さんもです。
    (相生町ですが、人への説明には平田町と言ったほうが判りやすいです)

    本題ですが、以前申し上げましたように藤山台に住んでおりましたので、
    どの写真も馴染みある所で「そうそう」と一人頷いてしまいました。
    (家電量販店はマツヤデンキだった事もあったような?)
    他の記事では円福寺のお写真もありましたね。

    JRバスのお写真を拝見し、国鉄バス時代で2つ思い出しました。
    1.大池住宅前のバス停兼転換場に、発車時間までバスが止まっていた情景。
    2.瀬戸追分のバス停兼車庫の建屋に、大きな看板で「瀬戸追分駅」とあり、
    子供心ながら国鉄はバス停と言わず、駅なのか?でも他のバス停は駅とは
    名乗っていないのに何故?
    ですが、約15年程前に初めて大宮の鉄博に行った時に謎が解けました。
    「鉄道のあゆみ」的な展示コーナーがあり、初代国鉄バス(多分、今リニア
    鉄博に展示してあるやつでは?)の展示及び成立ち説明があり、岡多線の
    代走だった事を知りました。(管理人様は他記事で説明されていましたね)

    そう言えばもう一つ、
    名古屋から、当時名古屋のチベットと言われていた吉根、志段味を通って
    瀬戸まで行く路線もあり、高校の同級生が利用していました。

    以上、長文失礼失礼しました。
    2024年05月04日 16:56
  • しなの7号

    おんたけ号様 こんばんは。
    今回はニュータウンに近いところの画像が多かったので、藤山台在住経験がおありならお馴染みの場所ばかりだと思います。
    「CaDen」の前は「マツヤデンキ」、そして「ミッキー」の前は「ビッグス」でした。

    近年になって円福寺に初詣に行くようになりました。神社仏閣は時を経ても変わりにくいものですが、円福寺の仁王門が2021年に木造で新築され、従来からあった鉄骨造の赤い仁王門は取り壊されました。

    愛知・岐阜県下の中央西線南側地域は国鉄バス路線エリアみたいな印象でした。高蔵寺駅では北口が名鉄バス、南口は国鉄バスだったのが、今ではJRバス路線を引き継いだ名鉄バス・ゆとりーとラインのほかに、春日井市はあとふるライナーと越境?名市交バスが南口から発着していて、バスの種類だけはすっかり変わりましたね。
    瀬戸勤務時代には瀬戸追分駅のなれの果て瀬戸旅行センターで、仕事の帰りに乗り鉄用のJRの乗車券類を何度か買いました。
    2024年05月05日 20:03

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