【931】 欠乗
先週は、列車が遅れた話をしましたが、車掌のほうが列車に間に合わないこともあります。
乗務員は「遅刻」という言葉を使いませんでした。出勤に遅れたら「出勤遅延」であり、車両のいる場所へ出場するのが遅れれば「出場遅延」であり、結果として乗務すべき列車に乗れなければ「欠乗」と言いました。常に時刻を気にしなくてはならない仕事ですから、それらはすべて「事故」として取り扱われます。
欠乗は乗務員では最も恥ずべきこととされていました。乗務員個人のミスによる原因であれば、どのような場合でも決められた時刻に間に合わなかった事実に対しては厳しい処分があり、その中のひとつである「日勤教育」という懲罰は見せしめ的要素もあって、翌年の昇給はカットされました。
国鉄の乗務員を11年やってきて、転職した先で集合時刻ギリギリに現れる人や、たとえ1~2分であっても遅れてくる人が咎められないのを見ていると、一般社会では「遅刻」に対して寛大なのだと感じました。それが普通なのかもしれませんが、いつでも時刻を気にしながら生きてきた私は、自然と時計は秒単位まで合わせ、風呂に入るときと水仕事以外は、寝床でも腕時計を手放せない習慣が身についてしまって、退職後30年しても直りませんでした。時刻がわからないと不安でたまらないのは、今でも変わりません。そして「欠乗」の夢を車掌は皆見ますし、不思議と退職後でも見ると言います。夢の中では、決まって目の前に見えている列車に追いつこうと走るのに、列車には追いつけず、目が覚めるというものです。
私は、…


















