【1415】 側線との‘ゆかり’ こぼれ話
「側線との‘ゆかり’」について、設定や使用した画像について読者様が疑問に思われたかもしれない点などを雑談的にご紹介していきます。
◆国鉄多明線のルート設定について
架空の国鉄多明線は、昭和50年代に数少ない本数の気動車列車に混じって日中1往復の貨物列車があった国鉄明知線程度の規模のローカル線を想定しました。この車内乗車券は第12話に貼った画像で、国鉄樽見線の線内着発限定で使用されていた車内片道乗車券の様式をそのまま利用して作りました。この乗車券の駅名から、多明線のルートを想像された方がおられたかもしれません。ルートはJR中央本線多治見を起点にして東濃鉄道旧笠原線のルートを通り、そこから同鉄道旧駄知線の下石駅付近に出て、駄知線ルートに沿ってそのまま地形まかせに国鉄明知駅方面に向けて延長した終点を志野原としました。美濃織部は旧駄知線下石駅付近になりましょうか。終点志野原と美濃織部の駅名は、美濃焼である志野と織部から取りました。樽見鉄道には織部駅が実在しますが関係がありません。ところで、下の画像は多明線内車内乗車券のモトとなった国鉄樽見線の車内乗車券です。織部駅は第三セクター転換後に設けられた新駅ですので、国鉄時代の乗車券に、その駅名はありません。
◆入換作業中の人形について
第2話にこんな画像を掲載しました。手旗を持った既製品の人形が配置されています。この図は自分の列車掛時代に重なるもので、人形は左右の手に絞った状態のフライキ(手旗)を持っています。左手には緑色旗を絞ったまま高く上…