【1484】 変わりゆく風景(3): 街の移り変わり~区画整理・新築・解体

日々の暮らしのなか、知らず知らずのうちに街は姿を変えています。当たり前にあったものが、しばらく時を経て再訪したら、風景が一変していたということもありますし、写真などでに比べてみないとわからない些細な変化まであります。 私が住んでいる街では、市街中心部は都市計画によって整備されて久しいのですが、周辺部で長く農地だった地区で多くの区画整理事業が行われ、今でも事業継続中のところがいくつかあります。以前に春日井市内を通る中央西線に残る明治時代の遺構などを巡りましたが、そのときに付近の街の最近の様子などの変化に気付くことがありました。 ▼下の画像は中央西線の神領~高蔵寺間です。  1977年3月に撮影しましたが、田畑が広がっていました。 国鉄時代には田園地帯が続いていた沿線も、区画整理された宅地化が進んでいました。区画整理されると上の画像をどのあたりで撮影したのかが特定しにくいので、正確な場所はわからないまでも、高圧送電線鉄塔が目印になりますので、だいたいの位置がわかってきます。 ▼2002年7月・2014年2月の比較かつては自動車がまともに走れる道路さえなかった農地に2002年には道路が完成していました。それでも見通しが良い状態で、遠くに中央西線の211系の列車が見えていますが、2014年にはすっかり住宅地に変貌して、もう中央西線の線路は道路の先に、ほんのわずかに見えるだけになっていました。 ▼続いて別の区画整理区域内で2015年11月と2022年12月に撮影した定点比較です。 …

続きを読む

【1483】 変わりゆく風景(2):伊勢柏崎・美乃坂本・EF65PF

「変わりゆく風景」の第二回めは、一昔前の駅やその周辺の風景、そしてEF65電気機関車について、年月とともに変わりゆく画像を比較してみましょう。 ▼2008年6月に列車内から撮影した紀勢本線伊勢柏崎駅 国鉄時代、921・924の両列車で荷扱をしていたころの木造駅舎は解体され、いわゆる「貨車駅舎」になっていました。 角型鋼板屋根、両開鋼板扉、車体接合部に見られるリベットからワム70000形式だと思われます。 それから4年後2012年10月、同じように旅の途中に同じ場所を撮影 「貨車駅舎」はなくなっており、折板屋根の鉄骨造で開放的な待合所に置き換えられていました。 そういえば、あちこちでよく見かけた再利用廃貨車(ダルマ)も、近年は数が減ってきました。 ▼リニア中央新幹線の岐阜県駅は中央西線の恵那・中津川間にある美乃坂本駅付近に建設されることになっており、現在は工事が進捗中です。 【1481】「リニア中央新幹線」の看板では、恵那駅と中津川市役所付近にある「リニア中央新幹線」の看板の移り変わりについて書きましたが、着工前の2014年の美乃坂本駅前には、こういう看板がありました。 この看板があった場所は4年後の2018年3月には下のようになっていました。 この看板が掲げられていた建物は、取り壊されてしまっていました。看板はよそへ移設されたものか、それとも建物といっしょに取り壊されてしまったのかは知りません。この看板があった建物の跡地(擁壁の上)は駐車場として利用されてい…

続きを読む

【1482】 変わりゆく風景(1):高蔵寺駅・八草駅・極楽駅

十年一昔と言いますが、自分の中では最近10年間はついこの前のように感じます。それは年齢のせいかもしれませんが、世の中の移り変わり方が、より速くなってきたのも確かだと思います。 一昔前の画像を見ると、今とは大きく変わったことに気が付くことも多くなったようです。今回はそうした一昔前の駅の画像と現況画像とを比較して、時の流れによる変化を確認してみようと思います。 ▼中央西線高蔵寺駅ホームから名古屋方を見た画像 2003年11月に撮影しています。 ホームに接する線路は愛知環状鉄道のものです。いったん途切れた線路の先には一直線に敷かれた線路が中央西線の上り線に向かって敷かれ、その先で合流しています。愛知環状鉄道開業時から、ずっとこの状態で、線路はJR線とはつながりそうでつながっていませんでした。そのため、JRから愛知環状鉄道に乗り入れる検測車や団体専用列車は、国鉄岡多線時代から線路がつながっていた東海道本線岡崎駅を経由していたのでした。 その後2005年に「愛・地球博」が、愛知県で開催されました。名古屋から会場へのアクセスルートとして、JR東海の中央西線高蔵寺を経由して、リニモ(愛知高速交通)との接続駅となる愛知環状鉄道の八草駅(期間限定で万博八草駅に改称)へ直通する「エキスポシャトル」が運行されることになり、両鉄道の線路がつながることになりました。 こちらは、線路がつながったあと2018年12月にホーム先端で撮影した列車の画像です。「愛・地球博」の閉幕後は愛知環状鉄道に直通する定期…

続きを読む

【1481】 「リニア中央新幹線」の看板

今回は品川~名古屋間で工事が進むリニア中央新幹線の岐阜県部分にあった看板の画像をアップします。 ▼2011年1月 中央本線中津川駅前のビルに設置されていたリニア中央新幹線関連の横断幕 「はやくのりたいな」という地元の期待が感じられます。10年以上前の撮影ですから今はありません。この当時は法に基づく中央新幹線の整備計画が決定される前で、その年6月に概略ルートとおおよその駅の位置が公表されています。 ▼その前年2010年7月 おおよその駅の位置が決まるまえ、中央本線恵那駅で列車から見える位置に設置されていたリニア中央新幹線関連の看板 「東濃」は岐阜県美濃地方東部(中央西線沿線)のことです。岐阜県に駅ができるのか、できるのなら駅がどのあたりに確定するのか、地元では大きな関心事だったことが想像できます。 ▼同じ場所、2012年1月の様子です。前述のように2011年6月に概略ルートとおおよその駅の位置が公表されたことを受けて、看板が「早期着工を」という内容に変わっていました。看板のデザインそのものに変化は見られません。 ▼その翌年、2013年8月、中津川市役所近くの信号交差点わき 上の恵那駅と同じような看板があるのに気が付きましたので、写真を撮りました。同じデザインだと思い込んでいましたが、後日恵那駅の看板の画像とを比較してみて、車両が違っていることと、看板設置者名がないことに気が付きました。 そして、その翌年2014年10月には品川-名古屋間の工事実施計画・着工について…

続きを読む

【1480】 「新幹線」の看板

▼2006年1月 北陸本線敦賀駅前 来年春に北陸新幹線の金沢~敦賀間が延長開業しますが、これは今から17年前の敦賀駅前にあった看板です。 看板に描かれた新幹線車両は、東海道・山陽新幹線みたいな塗り分けです。撮影時点では北陸新幹線は長野までが部分開業しており通称「長野行新幹線」となっていた時代ですから、E2系らしい塗装で描かれそうな気もしますが、JR西日本エリアである敦賀市民の新幹線のイメージは東海道・山陽新幹線であったのかもしれません。それにしても正面の形状は独特で、プロトタイプが思い浮かびません。 ついでですが、一番上の画像には、奥にも看板が写りこんでいました。拡大してみると「市民の足JR直流化を推進」と読めます。描かれている電車は、画像が小さくて不鮮明ですが223系っぽく見えます。しかし2扉で中央扉がありません。扉は両開に見えますが、車端部にあることから考えると戸袋となるべきスペースが足りなさそうで、2枚折戸でないと説明できないフシギな電車であります。考えてみれば、当時敦賀では馴染みがあったであろう419系が2扉折戸でしたから、そのイメージなのでしょうか? ちなみに、その北陸本線の直流化はこの画像を撮影した年の秋に実現しています。 ▼2004年3月 紀勢本線藤並駅裏(現東口)付近 「藤並駅に特急停車を!」というメッセージはいいとして、なぜ300系新幹線なのでしょう? 撮影時点であれば283系電車が妥当な気がするのですが、「特急は速い、速いのは新幹線」であって、少なくとも西…

続きを読む

ブログ内ラベルリスト